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私の読む「宇津保物語」第 四巻  嵯峨院

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 この八姫に、侍従の仲純は話をするついでに、

「この最近、聞いて貰いたいことがある」

「どんなことです。男の兄弟のなかで仲純兄が私に隠しことがあるなんてとても辛いことですは」

「話したいと思うと、きまり悪く恥ずかしくて話し難いのだが。それでも考えるのだが、どんなに驚くようなことを話しても、八姫は人に話すようなことはないとは思うが、私は心に秘めた想う人がある。思いあまってどうして好いか分からなくなって貴女にだけは聞いていただきたくて」

「仲純さん何ごとですか、今までずっと仰らなかったとはおかしいです。思っておいでの事は残らず言ってください」

「言われなかったということで、私の心の苦しみを察してください」

 と八姫に言うと、さらに、

「尋常でない心を持った私ですから、この世にいてはならない身であると思いながらも、

『思うことを言わずにおくわけには参らぬ』

 とか言われます。

 貴女とあて宮が同じ姉妹の仲でも親しい仲で、特に睦まじいお仲でおられるので、八姫からあて宮にこうこうだと言ってください、誰にも漏れないでしょう。

 実はあて宮に長年思いを寄せています。

 という自分の心に、
『これは気が狂ったのではないか、人ではない』

 と、思い返して、今になりました。この世に生きている心地が致しません。

 見たところいつもの仲純とは変わりはありませんでしょう。このような侘びしい心を持ち、死んでしまいたい気持ちで、これは拙いことだから言わずにおこうという気持ちがあると想いですか。

 ただ、このような仲純の気持ちを、ご両親がお知りになると、どれだけ悲しまれるか、それがこの上のないほど勿体なく、私が生きていても役に立たない者だと言うご心配を掛けたくはありません

 あて宮にお話ししても、思い返してみても、同じように無用の人間になるのですから話をしても甲斐がないことですが、私があて宮に思いを寄せているということそれだけでも話していただければ、この身が無用になっても、命はこの世にしばらく長らえることが出来ますでしょう。

 八姫よ、このことをあて宮に話してください。普通の想いであったら、このようなことを貴女にはお願いいたしません」

 などと、仲純は八宮に悲しく話すので、八姫は兄が変なことを話すと思いながらも、仲純が真剣に話をするので、愛おしく感じて、

「本当に、そうお考えになるのは尤もなことですが、自分の心でありながら自分ではどうすることも出来ないものですから、そのように一途に考えられず、なにも遠慮をなさることはないでしょう。

 兄妹間の話を他人が知るようなことはありません。私も機会が有ればあて宮にこの話を致しましょう」

「其れは有り難く嬉しいことです。八姫の宜しいように言ってください」

 そう、言っておいて、八姫はあて宮の許に参り、いつものように、倭琴・箏の琴・琵琶などを調子を合わせて演奏した。

 そうして世間話に入った。八姫はごく普通に、

「先日仲純兄がお出でになって、一夜、兄さんの悲しい話をされましたなー」

 あて宮はそれが何かを知らないで、

「アラ、それは宜しいことで、私にも話してよ」

「じゃあ、お話しいたしましょう。実は仲純兄は
『あて宮が自分に連れない、薄情である』
 と、仰いました。私は『どうして』と聞き返しますと、
『この頃あて宮に会って話したいことがあるが、それを愛想なく断らないでいただきたいと、私からあなたに言って欲しい』
 と、お兄様らしくないことを仰いますので、嫌なことを言われると思いましたが、見ておられぬほど可哀想で、まるで死ぬかとばかりに仰います。

 今後侍従の兄様にお会いになることがあれば、気休めに少しはお話をしてください。疎遠な人にさえも適当な言葉を交わされるでしょう。兄妹の間でどんな話をされても外に漏れるようなことはありません。お気の毒に仲純兄様は思いこまれているのを、他人に気付かれないようになさいませ」

 あて宮は、赤面して少し笑って、、
「仲純兄様は仰ることもありませんのに、私がどう言えばよろしいの」
 
 八姫

「声せぬに答えるのは山彦、と仰いませ。本当にみっともないことを仰います兄様でありますから、有ってはならないしょうがないことを、深く考えになって、いらいらしてお歩きになって、顔面も変わられ、ほうけたようになってお気の毒、なおも妹の貴女を思い焦がれるとは、情けない」

 八姫が言うのをあて宮は聞かないようにしていた。

 そうして日が過ぎて九月に入った。風は涼しくなり、前の庭では虫たちの鳴き声、草木も綺麗になり木の葉は色づき、草むらの花は咲き、五葉の松は緑ののどかな色が濃くなり、紅葉は薄く濃く、入り乱れて、月が美しい夕暮れに庭の池にその姿を写して、すべてが趣きよく整ったときに、八姫・今宮(十姫)・あて宮御簾を巻き上げて奥から端近くお出になって、いつもの琴を並べて合奏されるのを男君たちが聞かれて、奥に籠もっては居られなくて、五姫の夫民部卿の宮も、六姫の夫右大臣藤原忠雅も出てこられて、

「今宵の琴の音に驚きました」

 と、民部卿の宮は笙の笛、右大臣は普通の笛、篳篥(ひちりき)を交互に吹かれて、みんなで声を合わせて見事に歌うのを、これを聞いて誰が奥に居られよう。

 夜通し、姫達は清らかに、端近くにお出になって楽しまれた。
 一番姫の女御の三男の宮、世間で評判の賢い人である。それであるのに叔母のあて宮を想い染めるが、女好みと謂われると、顔には出さないが、気持ちは変わらないので、この姫達の居るところに顔を出してきて、曙に御簾を巻き上げてみると、綺麗な方ばかりである。中でも九姫のあて宮は他の姫より優れているのを見たので、甥っ子の三宮は心穏やかではない。三宮はあて宮を見て大きくため息をついて言葉なく落ち込んで奥に入っていった。

 三宮は高覧にもたれて、眺めるが言葉がない。燠火(おき)の上に座ったょうに心も体も熱くなり、ますますあて宮のことが気持ちに入り込んできて、前にある一本の菊が朝日に照らされて大変高く品があって立派に見える。露に濡れた菊を折って、

 にほひます露し置かずば菊の花
       みる人ふかく物思はましや
(この菊の花に一層香りを増す露がなければ、花を見て深く心も引かれず物を思わないですんだことでしょう)

 ああ、侘びしいよ。

 と書いて、姫達が並ぶ中にいるあて宮に、

「この花は遠くで見るよりも近くで御覧になったほうが宜しいです」

 と言って渡した。

 あて宮は暗くなったので書かれた言葉は見ないで、このように書いた。

 露ならぬ人さへおきて菊の花
うつろふ色をまづも見る哉

(露も露ならぬ贈り主さえ差し置いてわたしは菊の花のうつろう色をまづ見るのでございますよ)

 と、八姫は少し明るくなってきたので、自分にも甥に当たる一姫の三宮の歌を見て、あて宮の歌も見て、

 露かゝる籬の菊をみる人は
物やおもふへと誰かいうらん