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ひいらぎさん

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今日は土曜日だしゆっくり掃除と洗濯ができる!しかも晴れてる!暑いけどまあいいや!なんていい日なんだろう!

帰ってきたのは昨日の夜中だった。
なんとなく胸騒ぎがして眠れなくて、リビングで待っていたら静かに玄関が開いて総司がよろよろと帰ってきたのだ。
結局そのまま総司は眠っちゃったから何も話を聞けなかったわけだけど。

「総司ィ、私買い物行ってくるからね」

「おっおお、そっそうか!気を付けてね千秋ちゃん!」

「なにこのオッサン」

やっぱり様子がおかしい。昨日何かあったな。絶対なんかあったわ。いつもこんなんじゃないはずだし。・・・いや、いつもどおりか?
そんなことを考えているうちに玄関からチャイム音が聞こえてきた。

「はーい、今いきまーす!」

「あっちょっ千秋」

総司が何か言いかけてたけどスルーで。今ちょっとあんたにかまってる暇ないの。
お客さんは見知らぬ男の人だった。・・・この人、昨日総司と一緒にファミレスに入っていった人だ。

「・・・何か用ですか」

「千秋か」

「あんた誰ですか」

「お前の本当の親父さんだとよ」

いきなり呼び捨てで名前を呼ばれた不快感から思わず眉根を寄せると後ろから総司がやってきた。なるほど、そわそわしてたのはこれか。このせいか。
どうせ私がこの見知らぬオジサンのところに行くのかそうでないのかとかで悩んでいたんだと思う。

「千秋、突然だけどこれからは父さんと一緒に暮らそう」

「はあ」

「こんな狭い部屋で毎日おまえが家事をすることもない。そんなもの家政婦でもなんでも雇ってやればいい。食事だって豪華なのを毎日用意するし学校もあんな庶民の学校なんかじゃなくもっといいところに通わせる」

首を横にふらない私に気をよくしたのかぺらぺらしゃべりだすおじさん。ちなみに私はこのおじさんの名前すら知らない。
いきなり父さんだよとか言われても困りますゥー。

「そういうわけだから、こんな得体のしれない男のところなんてさっさと出てきなさい」

そういってこの得体の知れないおじさんはフンと鼻を鳴らした。
人のことをおまえ呼ばわりする失礼なおじさんは目線すら失礼だ。ハゲればいいのに。

「・・・私、この世に家族は一人しか居ないと思っています。それはおじさん、あんたのことではありません。ここにいる柊さん、この人が私のたった一人の家族です。従ってあなたについていく気は全くありません」

そう言うとおじさんは呆気にとられたような間抜けな顔をした。おそらくこの人の脳内シミュレーションは、私がこのおじさんにルンルン気分でついていくルートしか想定してなかったのだと思う。
餌に釣られてホイホイついていくと本気で思ってたのだとしたらこのおじさんはものすごくバカだ。

「おじさん、私の好きな俳優知ってる?ドラマは?本は?マンガは?歌手は?食べ物知ってる?」

「それは・・・」

「知らないよね。当たり前だよね。だって今日初めて会ったんだもん。私もあんたの名前なんて知らない。知りたくもない」

言い淀むおじさんに私が思ってることを素直をぶつけると、何か思うところがあったのかおじさんはそれ以上何も言わなかった。

「だから今更父親面されても無理。なぜならあんたは私にとって赤の他人だから。・・・ペットを引き取るような感覚で私のことを引き取ろうとしないで。わかったらさっさと出て行って、もう二度とここに来ないで」

おじさんはショックを受けたというよりは、プライドを踏みにじられたような悔しそうな顔をして出て行った。
スッキリした。正直今まで父親の事は気になってたんだけどここまでクズだとは思わなかったから二重の意味でびっくりだ。一体どこで私のことを調べたのやら。



「おまえが金に困ってももう何もしてやらんからな!」

「もともと援助も何もしてもらったことないんで誤解を招くような発言は辞めてくださァーい!」

不機嫌を顔に貼り付けて逃げ帰るそいつに怒鳴る千秋は、結局一人で実の父親を追い返してしまった。
俺いらなかったよね。昨日のやりとりとか正直いらなかったよね。あのおじさん直接千秋に話しに行った方が絶対早かったよね。
しかし家族とまで言ってくれるとは思わなかったから俺としても手放しで嬉しい。

「そういうわけだから、よろしくね。ひいらりさん」

関係としては父親であるその男を鬱陶しそうに見送った千秋は、振り返っていつの日かのように俺を呼ぶとにっこり笑った。
作品名:ひいらぎさん 作家名:中川環