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ひいらぎさん

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ひいらりさん。彼女が俺をそう呼んでいたのはいつの頃までだったか。



「おいコラ総司ィ!」

「テメエ言うに事欠いて育ての親を呼び捨てにするとは何事だ!」

「おだまり!アンタがさっさと洗濯物を出さないせいで家事が滞ってんの!育ての親が娘の成長の邪魔するんじゃねェよ!」

「千秋ちゃんの健やかな成長をお祈りしております!」

「そう思うんならさっさとパンツをよこせ!」

「年頃の娘が大声でそんなこと言うんじゃありません!」

俺、柊総司がひょんなことから育てることになった遠き日の幼女は今や育ての親である俺を尻に敷かんがばかりの勢いで成長を遂げ女子高生へと変貌を遂げた。
つまりあれから既に十数年が経ってるわけ。

「・・・大きくなったな」

「え、ちょっとどこ見てんのキモイんだけど」

「真剣な顔でそれを言われると心に刺さるものがあるからやめて」

彼女、狭山千秋はいわゆる育児放棄された子供だった。母親はアル中で病院に送られ父親は行方知れず。
俺の住んでる部屋の前に来たときも服はところどころ破けてたし腕も足も骨と皮ばかり、達者なのは口先だけだったくらいだ。

「ほら、いいからさっさとパンツだしてって」

「やめろ千秋!やめるんだ!パンツくらい俺が自分で洗うって!」

「やだ反抗期?これだからオッサンは困っちゃうのよね~」

「反抗期寧ろお前に来るべきものな!」

なんでも千秋の母親と俺を拾ってくれた前の大家さんが親類だったらしい。
だから千秋の母親が入院することになったとき俺がいろいろ話を聞かれたりしたもんだ。俺は前の大家さんと親類ではなかったから答えられる事もさほど無かったけど。

「あ!ちょ、時間ない!学校行かなきゃ!」

「おお、気を付けてな」


俺の甲斐甲斐しい教育のおかげか知らないが、言葉遣いがいつの間にか雑になっちゃったり俺のことも"ひいらりさん"ではなく"総司"とか呼ぶようになってたけどいい子ではある。

「私居ない間にさっさとパンツ洗っときなよ!行ってきまーす!」

ある・・・はず。ちょっと自信なくなってきた。朝からパンツ連呼する女子高生ってどうよ。

あれからアパートを改築したり住人もいろいろ変わってきたけど俺は相変わらずこのアパートで大家を続けている。
商店街に出れば野菜も分けてもらえる、とは言ってもここ何年かはほとんど千秋が家事をしてくれてるから俺あんまり役に立ってないんだけどな。俺テラニート。

たまには俺だってやればできるってところを見せてやろうかな。幼き千秋に家事全般を教え込んだのは俺なんだ!俺だってやればできる!

「よし、そうと決まったら早速掃除でもして・・・」

パンツ、先に洗っとかないとな。


部屋の掃除も全て終え外に出れば外は焼け付くような日差しが俺を襲う。やめろ!半分引きこもりみたいな俺に日光を当てるんじゃない!

「柊くん、変わらんねえ」

「あっどうもこんにちは」

ふざけてたら顔なじみの婆ちゃんに笑われた。恥ずかしい。そんなこんなやってたら婆ちゃんが畑でとれたと言って野菜をくれた。ナイスラッキー。

婆ちゃんと少し話をしてさあ商店街に行くぞ、と後ろを振り返ると何やらきちっとスーツを着た、俺よりいくつか年上そうなサラリーマンがそこに居た。
ぽつり、リーマンがつぶやいた言葉と蝉の声がやけに耳についた。

「柊総司さんですか」




「おっはよー!」

「おはよう!また遅刻ギリギリじゃん」

教室にダッシュで駆け込んで時計を確認したら本当に遅刻ギリギリ。全く、いい年したオッサンがパンツ一枚で恥ずかしがるなんて情けない!
後ろの席の友達がまた呆れた顔で私を見てる。毎日赤の他人の分まで家事をしてから学校に来るのが不思議で仕方無いらしい。

「また柊さん?」

「好きでやってるんだからいいの」

そういうのと同時に始業のベルが鳴ったので会話はそこで終わった。

梅雨が明けたから毎日とても暑い。暑いと一日の時の流れが遅くなってるみたいですごく嫌だ。
ってか今日テストだった。昼前で終わりじゃん。ビバテスト。早く帰れるって最高!

そんなわけでさっさと掃除を済ませてアパートに帰ろうと道を走っていると、ファミレスに入る総司と知らない男の人が見えた。

「・・・誰だ・・・?」

新規入居者なら部屋を見に来るからファミレスで話とかあんまりしないと思うんだけどな。

それから総司は夜まで帰ってこなかった。
まさかまだあのファミレスに居るのだろうか。メールしたら『ちょっと遅くなる』ってしか返ってこないし。

「・・・夜ご飯作ったのにな」

夜になって雲ひとつないきれいな星空が見えてきたけど、私の気分は晴れないままだった。





妙なリーマンに話しかけられた俺はしばらくそいつと見つめあったままだった。誰だ、俺は知らないぞこんなオッサン。

「柊さんでお間違えないでしょうか」

「・・・アンタは」

「狭山と申します、千秋の父親です」

なんてこったい。マジモンの保護者がやってきた。

とりあえず近所のファミレスで話を聞けば、この男は昔千秋の母親とまだ母親のお腹に居た千秋を置き去りにしてほかの女のところへ逃げたらしい。
ところがその女が事故で死んでしまったらしい。さみしくなったこの男は今度は実の娘を引き取って暮らしたいと、口調や言い回しこそ穏やかだったがこの男の言い分はそうだった。

「アンタみたいにいい加減な自己中野郎に千秋はやれない。あの子は俺が育てる」

「赤の他人であるあなたに育てられるより実の親である私が育てた方があの子も幸せになれるとは思いませんか?」

それは実は俺も思っていたことではある。あるけどこいつに言われたくはない。

「思わないね、そもそもアンタ実の親らしいこと何かしてやったんですか?」

「そんなものこれからいくらでも見せてやりますよ。私にはあなたと違って持っているものがたくさんありますから」

何もかもが胸糞悪い男だ。要は金で千秋を釣るってことじゃねえか。できることならこいつの顔面に腐ったトマトをぶちまけたい。

「まあ、よく考えておいてください。今まであの子を養うのにかかった費用は全てお支払いしますから」

そう言った男はそのまま伝票を持って出て行ってしまった。畜生、あいつに奢られちまった。

千秋に、なんて話そうか。
仮に千秋に、実の父親が引き取りたいと言っていると言えばなんと答えるだろうか。
昔から母親の事もあまり頓着していなかった千秋は、実のところあまり父親についても自分からは何も話をしなかった。
胸糞悪くても実の父親のところの方がいいとか言ったりするのだろうか。その場合俺は引き止めずに見送ってやればいいのか?

十年以上も面倒を見てきた家族と思っていたのでぽっと出のよくわからん親父に千秋を連れて行かれるのは正直納得はいかない。
いかないがそこでもし引き止めたとしたらそれは俺のエゴか?ああもうわからん。わけがわからん。



翌朝。
私が何かする度にそわそわしている総司が視界に入る。正直ウザイ。お前昨日の夜あんなにげっそりしてたのに明るくなった途端これかよ。子供か。
作品名:ひいらぎさん 作家名:中川環