小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

悠里17歳

INDEX|60ページ/108ページ|

次のページ前のページ
 


 私の父はアメリカ生まれの日系二世だ。日本国籍は私が生まれた後に取得している。母語は英語、日本語は聞くことは問題ないが話すのは苦手だ。私と同じ引っ込み思案なので、下手な発音を指摘されるのが苦手の原因と思う。離婚後カリフォルニアに帰った今も電話ではたまに話をしていたけど、会うのは離婚した時が最後なのでかれこれ五年ぶりだ。日系二世だけに私と比べて目鼻立ちがくっきりしていて、髪は薄くなってきたけど私より茶色が強い。見た目は以前と大きく変わっていないけど少し痩せたかな。度の強い眼鏡を掛けているのはお兄ちゃんと雰囲気がダブる。お母さんとはうまくいかなかって離婚を選んだけど、私にとってはたった一人のお父さんだ。
「どうやってここまで来たんだ?」
 学校では聞かない聞き慣れた西側訛りの英語、小さい頃はこれが理解できず、困った顔をしているのを思い出した。だけど16歳になった私は姉や兄のおかげで聞き取れるようになっている。道中の緊張が徐々に解けて行くのが自分でも感じられた。
「うん、バスと地下鉄乗り継いで……」
そう答えるとお父さんはビックリした顔で私を見た。自分的には一人でこれた事を褒めてもらおうとさえ思っていたが、私の予想とは少し違うようだ。
「帰りは送ってあげるよ。朱音の家にいるんだね?」
「いいよ、忙しいんでしょ?お父さん」
「何を言ってるんだ。暗くなる時間に乗り物はダメだ、危険すぎる」
 お父さんの話では、バスの利用者は車を持つ余裕のない人が多いので基本的に危険な乗り物らしい。それは私も肌で感じることができた。荒修行のつもりでお姉ちゃんは私を一人で遣ったみたいだけど、お父さんはちょっとだけお姉ちゃんに怒っている感じだけど、私を心配してそう言ってくれることが嬉しくて私は笑っていた。

   * * *

 それから私たちはお父さんの車でダウンタウンを抜けて、お父さんの家に向かった。道中お父さんが質問するわけでもなく私が一方的に自分の事を話していた。学校のことや部活、今やっている音楽と友達などなど――。お父さんは嫌な顔一つせずに私のまとまりのない話を聞いてくれる。私は運転席と助手席の間にある見えない今までの空白を少しでも埋めたかった。
 お父さんの家はお姉ちゃんの家からダウンタウンを挟んだそう遠くない向こう側の郊外にあって、日本にいた頃の家くらい大きいのに一人で住んでいる。離婚してから新しいパートナーがいないのは自分の嗅覚が教えている。
 仕事は、以前ダウンタウンの周辺にオフィスを構えていたけれど最近はインターネットとデリバリーシステムの普及で自宅でも仕事ができるようになり、自宅の一室をオフィスにしている。運動不足は部屋の一つをジムにして補っているみたいだ。
「おっきな家に住んでるんだ――」
 高い天井、広いのにあまり使われていないキッチンに入り、自分から湯を沸かして二人ぶんの飲み物を用意した。
「あれから仕事がうまくいってるんだ」
「あれからっていつから?」
「ごめんごめん、こっちの話だ」
 どこかよそよそしいお父さん。ま、それもそうか。私だって16歳になったし、長いこと会ってないからどう扱ったらいいか難しいよね。

 デスクに入れたての紅茶を置いた。薄い目の紅茶に多目のレモンを入れる、遠い昔の事だけどお父さんの好みを覚えているから不思議だ。家にいるのに事務机にソファ、何か会社にいるみたい。
「もうすぐ誕生日だな?」お父さんはカップに手を伸ばす。
「うん……」私もデスク前のソファに腰かけた。
「覚えてたんだ、あたしの誕生日」
「当たり前じゃないか」
 明後日は私の17回目の誕生日だ。いろいろありすぎて自分のことはあんまり気にしてなかったけど、お父さんに言われて改めて気付いた。
「今度何年生になるんだ?」
「高三。今年は進路決めないといけないの」
「そうか……。将来はどうしたいんだ?」
「うん……」間が持たず私もカップに口を付ける。
「決めてない。でも勉強はちゃんとしとうよ。悠里基準でだけど」
 お父さんが頷いたあと広い家が静かになった。剣道で言えばお互いが間を取って次の一手を探っているような様子だ。
「こっち(アメリカ)に、来ないか?」
「えっ?」
 不意の一手に私のすべての動きが一瞬だけ完全に停止した。普段は思っていることをあまり口に出さないお父さん、この言葉を口にするのにかなりの決断と葛藤があったのは様子を見れば明らかだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。けどいきなり過ぎるよ、そんなこと言われても」
 学校に剣道に、そして音楽――。日本での私の高校生活はもう回り出して止まらない。せめて高校を卒業してからこっちに来ることは可能だ。しかし、自分のこと、お母さんのこと、その他私を取り巻く環境と秤にかけるとどうも釣り合いがとれないし、合衆国での生活に具体的なビジョンが全く無い。
「そうか……、そうだよな。いきなりじゃあ心の準備もできないな」
 お父さんははにかみながら挙げた話題を引っ込めてしまった。中々本心を言わずにいるのはどこか私と性格が似ている。離婚後一人で生活しているお父さん、もうすぐ還暦を迎えるだけあって年をとった感じは否めない。長く離れ離れになった私にそんなことを言うのを見てやっぱり一人は寂しいのかと思わずにはいられなかった。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔