小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

悠里17歳

INDEX|21ページ/108ページ|

次のページ前のページ
 


「いい先生やんか」
 私たちは教室の戸を閉めると、吹奏楽部の演奏する音や、運動場から元気な声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんがよく知っている先輩らしいよ」
「そうなの、確かにあの子と似たとこあるわね。ふーん……狭いもんやねえ、社会ってのは」
 お母さんはたぶん先生の「やるんやったらトコトンまで……」を指していると思う。お兄ちゃんもよく言う言葉だ。それからその先については何も言わないことにした。外郭の情報はいっぱいあるけど、本当の先生の姿は詳しく知らないからだ。
「じゃあ、お母さん帰るね」
「うん、ありがと」
 階段の踊り場でお母さんと別れた。私はもう一度教室の前を通って道場に戻るのでここで見送る事にした。

   * * *
 
 時計は五時を回っている。稽古はまだ終わっていない。私は袴の裾を持ち上げて足早に廊下を走り出した。自分の教室、三年五組の前に差し掛かったところで、私の足音に気付いたのか中から人が出てきた。
「倉泉……」出てきたのは千賀先生だ。さっきまで私もそこにいたのだから当たり前なんだけど。「ちょっと、いいか?」
「何ですか?」
 足を止めて先生の顔を見上げた、さっきと表情が違う。根拠はないけど雰囲気が少し柔らかくなったような気がする。
「バンド、組んでるんだって?」
 私はビックリして照れ笑いをして、眼鏡を掛けていないこめかみをポリポリかいた。いつもの癖だ「やっぱり、兄ちゃんの影響か?」
「まぁ、たしなむ程度に……。って誰から聞いたんですか?」この様子では話のソースはサラでも晴乃でもなさそうだ。
「宮浦から聞いたぞ。自分達の間ではMMと言うた方がわかるか?」
 思ったことを包み隠すという概念がないMMの事だ。私たちの計画についても絶対耳に入っているだろうと思った。
「でも、私たちの活動はホントに『ゴッコ』なんで、ハイ」
「それなら宮浦から話聞かへんよ」
ほら、やっぱり。腕を組んで高笑いをするMMの黒い顔が頭の上に浮かび上がった。
「……段階踏んでよね」私は心の中でその姿に言ってやるとMMは生返事をして帰って行った。
「しかし……、メンバーがサラと牧でしょ。サラはともかく、おとなしい倉泉と牧とでやってるのは……」
「やってるのは――?」
「意外やな」
「はぁ、意外……ですか」
「倉泉も兄ちゃんと同じか?」
「どういうことですか?」
「アイツも楽器持ったらキャラ変わるからなぁ」
 メディアで見られる兄はとんだ荒くれ者にしか見えない。ギターは叩き壊すし、観客席に何の躊躇もなく飛び込む。雑誌やテレビのインタヴューでも支離滅裂な事言ってMCを困らせるのもしばしばだ。だけど実際はものすごく内気で、誰もいないところでは小さな事でも考え込んではクヨクヨしている。そしてそんな一面を他人に見せるのを人一倍嫌うような人だ。
 先生の言葉から推測できることは、先生は兄の両面を知っているほど近い存在ということだ。
「わ、私はギター壊したりしませんよぉ」
「そうか、ちょっと安心した」
 先生の顔から自然な笑顔がこぼれた。
 伝聞で知られる部分ではなく、実物像としての兄を知る先生を見て、私はこの人を信用してもいいと思った。
「仲間の大切な妹だ。悪いようにはしない」
「それ、MMも言ってた」
「だったら話は早い、そういうことだ」
「そういうこと、ってどういうことですか?」
「学校(ここ)では言いにくいな」
「英語(これ)なら聞かれてもわからないですよ」
 私は英語で問い掛けた。
「well……」先生は眉間に指を当てた「今度 QUACER に行くわ」
 先生もつられて英語に変わった。この切り替わりはきょうだいと話しているようで、何となく距離感が近くなったような感じがした。
「今のオレには立場があるねん。まだ二年目やし……」先生は視線を逸らした。ちょっとだけ見えた本音に私はクスッと笑った。
「って何を言わせるねん。部活の途中なんやろ?早よ帰りな」
「はいっ!」怒られると思った私は素早く三歩摺り足で離れて振り返り礼をした「よろしくお願いします、郁さん」 
「ふふっ、調子乗るなよ……」
 最後まで聞きおわらない内に私は先生に背を向けて廊下を走り道場を目指した。
 正体のわからなかった「最後のギミック」は自分たちに近い存在であることを知って、さっきの面談の内容を振り返るよりも嬉しかった――。

「倉泉ぃ」
後ろから聞こえる声に足を止めて振り返った。
「廊下は走ったらあかん」
「はーい!」先生の言う事は聞いているのに、私はしっかり廊下を走り抜け道場に戻った――。
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔