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真田 サヤ
真田 サヤ
novelistID. 53316
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キラー×ポリスガール

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プロローグ ~かなたなる序章~

 日本から遠く離れた南米メキシコのリソラ州の標高一千メートルの高原地帯にあるヤキ平野の廃村。その村には本来、原住民のメスティーソがトウモロコシ農業を営んで住んでいた。しかし、今は麻薬カルテルとそれを撲滅するため、メキシコ政府から雇われた外人部隊の紛争地域になっており、日夜けたたましい銃声が鳴り響いている。
 村の外壁に添うように少年兵が、暗い瞳でぼんやりと太陽眺めながら、フランス製自動小銃FA-MAS F1を構えている。少年の身なりは兵士としては異様である。中肉中背で見た目は高校に通っている日本人のような顔立ちだが、異様に目つきが鋭い。さらに際立っているのが、赤色の野戦服に、赤髪の無造作ヘアスタイル、左耳には赤い十字架のピアスを下げ、持っている銃でさえ、真っ赤に塗色されている。
少年の前に高原専用の灰色の野戦服を着た二十代後半のフランス人の兵士が立ち、英語で軽口をたたく。
「ようカナタ、生き残ったのはお前だけか、俺もつくづくついてねーや。なんでお前のいる部隊に配属されちまったのかねぇ。この赤髪の死神が、お前がいると皆死んじまうジンクスは本当だったか」
 赤髪の死神カナタと、赤髪の少年はそう呼ばれたことに自嘲気味に笑った。
「俺のせいじゃねぇよ、情報がだだもれだぜ。おかげで作戦も台無しだな。奇襲作戦なのに待ち伏せくらっちまうなんざ……」
 そうカナタは呟くと返り血に染まった両手を見つめた。
(確かにそうだな。俺は死の不幸を呼ぶ。幼い頃に母親を交通事故で亡くし、窮屈なカトリック児童養護施設を抜け出し、気付けばフランス外人部隊に入っていやがる。チクショー!)
 カナタは空を見上げた。雲一つない空をまた、ぼんやりと眺めた。
(さらに不幸なことは、俺の所属部隊は戦場で必ず全滅しちまう。俺一人を除いては。親しい仲間も死んじまった。恋人すら作れねー。こんな人生、もう生きてんのか、死んでんのかさえもわからねぇ)
 銃声が鳴り止み、一息つこうとフランス人が煙草に火をつけ、カナタに笑いながら話しかける。
「まぁ俺らなんざ、使い捨ての傭兵さ、ファック、ファックって言ってくたばろうぜ」
 その言葉にカナタは首を横に振る。
「女も知らずに死ぬなんてあんまりすぎる。こんなことなら羊飼いになればよかった」
 ギャハハとフランス人は笑い。
「ご愁傷様だ、運良く生き延びたら極上の娼婦を抱こうぜ」
「売女は好きじゃねー」
「なら現地の娘でも拉致するか?」
「無理矢理は好きなプレイじゃねー。それにメキシカンは好みじゃない」
「そう言ってるからいつまでも童貞なんだ」
「言ってろ」
 フランス人が胸ポケットから写真を取り出す。そこにはその男の家族が写っていた。それを遠い目で眺める。カナタがその様子を見て、
「なんだ、今さらホームシックか? 手遅れだぜ」
「死に際だからなつかしくなるもんなんだよ」
「羨ましいぜ、家族のいない俺にはそんなもんねーからな」
 フランス人が煙草を捨て、カナタに近づこうとした。
「おい、カナ……」
 カナタを呼びかけた兵士は言葉を途中で切らして、突然地面に倒れた。銃弾が喉元に命中したのだ。血しぶきを吹き上げる。
(まだ敵がいる!)
すかさずカナタは身を伏せて、素早い動作でFA-MAS F1を構え直し、敵兵士を銃撃する。気付けば、もう周囲に味方はいなく、すでに十人前後の敵兵士に囲まれていた。
(どうやらここが俺の死に場所か……)
 カナタは溜息をつきながらも応戦する。敵兵士の一人が、
「今だ、赤髪の死神を殺せ!」
 銃弾が飛ぶ最中、カナタはまるで怯えなど微塵もないように、冷静にFA-MAS F1を撃ち放つ。向けられた銃口から弾道を見極め、軽快な足さばきで弾丸をことごとく避け、正確に敵兵士を一人、また一人と次々に射殺していく。
その姿はまさに蔑称にふさわしい、戦場で戦士の命を大鎌で刈り取る死神だった。
本来なら圧倒的優位に立つ包囲を瞬時に崩され、敵兵士達があっという間に劣勢に陥った。生きている人間に向けて引き金を引くことにカナタという少年には、良心の呵責は無かった。撃たなければ逆に撃たれる。その日常が少年の感覚を麻痺させたのだ。
(身体が勝手に動いちまうな、生きててもしょうがねぇのに)
 すると引き金を引いても銃が反応しない。FA-MAS F1の弾切れが起きたのだ。その隙をついて敵兵士達が襲いかかってくる。
刹那、カナタはホルスターに隠した血のように彩られた愛銃、Smith & Wesson M500を抜き放つ。ここぞとばかりに襲い掛かった敵兵士達が血しぶきを上げ、物言わぬ骸になった。
カナタは弾が切れるまで銃を撃ち続ける。凶弾の前に敵兵士が後ずさる。
「あ、赤いハンターマグナムリボルバー……」
その敵兵士の恐怖に歪んだ顔を見て、背筋がぞくぞくとした。
(俺もこんな面してくたばるのか……)
高揚感を抑えられないカナタは思わず叫ぶ。
「誰か! 俺を死なせてくれよ!」
 実に自虐的な言葉だが、矛盾に満ちていた。カナタの銃から放たれた弾丸は死をふりまく。
 カナタの咆哮と激しい銃撃に敵兵士達が驚愕し逃げ惑った。
「し、死神だ、奴は死を運ぶ!」

        ○
     八月二日 午後七時 日本海上空

成田発北京行全日空JL801便の旅客機の機内は静まりかえっている。離陸からしばらくたち、天候も良好で機体は揺れ一つなく、CA達が機内で客員に食事を配っている。新聞紙を読んでいる中年が金髪の幼い顔立ちのCAに話しかける。
「君、北京には何時頃着くかね?」
「現地時刻で午後十時、今から三時間後になります」
 中年は新聞紙を折りたたんで、
「そうか、ではコーヒーを頂けるかね?」
「ホットとアイスのどちらに致しますか?」
「アイスで頼む」
「畏まりました。では心も凍える冷えたものを差し上げます」
 不意の言葉に中年は顔を上げた。
「……何だって?」
するとCAがにっこりと微笑む。無垢な笑顔だ。
しかし、瞬時に中年の身体中を鋭利なワイヤーで縛り付けた。
「中国に亡命するつもりだったんですか? させませんよ、あなたには地獄に行って貰います」
 中年が狼狽する。
「ば、馬鹿な! お前はサード……。貴様らには番犬部隊の監視がついていたはずだ!」
「彼らならファーストがすでに始末しているところです。では良い旅を」
 微笑みを浮かべながら、サードは躊躇なくワイヤーの持つ手を引いた。
 眩い線光が空間を割る。
刹那、中年の身体を切り裂かれた。飛び散る流血が隣りの客員の顔にかかっていく。途端にそれまで静かだった機内から悲鳴が上がる。サードは返り血を舐めて、
「おいしい……」
そして歪んだ笑みを浮かべて、ペコリと頭を下げる。
「残念ながら当飛行機は日本海に不時着致します。操縦席の機長達は先に始末しておきました」
 その言葉で機内は阿鼻叫喚に陥る。そんなことも意にも介さずサードは不時着用の非常ドアを開け、
「それでは不時着までの間、ごゆっくりおくつろぎなさいませ」
 鼻歌交じりにサードはパラシュートを身に着け、機内から飛び降りていった。

       ○
    八月二日 午後七時三十分 川崎市鶴見港