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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●終


「戦いは四十時間ほど続いた。最後は屋上を爆破し、煙に紛れて脱出したのだ」
 ばり、という煎餅の割れる音が、小気味良く鳴る。
「それで?」
 続きを催促する声は、頭上にではなく傍らにあった。
「うん? 後日、軍部の何某が情報を故意に操作していたことが発覚して、直接的な罪に問われることはなかったのだが、留まることはできずに日本に帰ってきたのだ」
「話の発端であった、件の女人の顛末が語られておらぬではないか」
 西日が長い影を落とす庭に下りた一人を追って、一匹もまた庭に下りた。
「話せば長くなる。だが仙狸殿。真に知るべきは、彼女のことではないのだよ」
 風が吹き抜け、庭の片隅に山積みにされた草植物が、独特の青い香りを漂わせた。
「仙狸などと、悪寒がする。いつものように化け猫と呼べばよかろう」
 一人と一匹は、互いに核心を避けながらも近寄りつつあった。
「ここは、草薙佐佑の屋敷だ」
「そうであったな」
「だが、草薙佐佑とは私のことではない」
「やめよ」
 風が止み、鳥の声も消える。
 空気が緊張しているのだ。
「この話は、お前から預かったお前の記憶だ」
「やめてくれぬか、ツルギの」
「仙狸殿、どれだけ拒もうと事実は変わらぬ。私とて責を感じておらぬではない。だがもう二十二年だ。そろそろ彼女との約束を果たさねばならぬのではないか?」
 化け猫は濡れ縁の日向へと跳んだ。
「汝が掛けし“不老”の呪い、汝の命を奪わねば解けぬのであろう?」
「確かに、彼女を“不老”にしたのはこの私だ」
「であれば、其れを実現することは不可能なのである。如何に死力を尽くそうとも、吾輩の力では汝に遠く及ばぬし、仮に汝が一切抵抗せぬとて、吾輩には汝の命を奪うことはできぬ」
「葵か」
 沈黙が肯定を示す。
「私を滅したのちは、彼女を此処へと呼び寄せ、共に暮らせば良い。葵ならば、もう一人で生きられよう」
「かも知れぬ。かも知れぬが、それでは吾輩が傍らで生きられぬ」
 ざわ、と風が戻る。
「預けた記憶は返してもらった。吾輩は“草薙佐佑”である。その事実からは逃げぬ」
「ならば約束を果たせ。彼女を呪いから解き放つのだ」
「無論のこと。取り戻したからには約定を果たす。だが、どのようにして果たすかは吾輩の自由。我らには無限の時間がある。誰も傷付かぬ妙策を見つけてみせるのである」
「私は永く在りすぎた。ただ一つを除けば、自分自身にさえ微塵の執着も無いのだ。私の戯れを、私自身が清算せずして誰がやる」
「なるほど、自身を滅せんがために弟子を育てたか。挙句は情が移り、更なる苦悩を生んだか。哀れな男よ……それは吾輩も同じか」
 そうして一度だけ鳴いた化け猫は、身体を丸めて目を閉じた。
「佐佑、お前の言う通りだ。私を滅する者を育てんがために弟子を求めた。私自身、自分を滅する方法など皆目見当がつかない。八握剣を以ってしても消えることのないこの身だ。或いは奥義を伝授すれば、と考えたものの、あろうことか情が移ってしまった」
 返事は無い。
 しかし、それでよかった。
「彼女は香港にいる。別れた後の詳しい消息は不明だが、お前ならすぐに見つけられるだろう。……もし彼女が首を縦に振ったのならば、日本を見せてやって欲しい」
 屋敷の主は奥へと消え、その場には一匹だけが残った。
 誰もいないはずの庭先に飛ばした視線の先には、一人の女性が立っていた。
 ブルーの瞳は見るものを惹き付け、ブラウンの髪は絹の滑らかさを表し、白い肌はパールの輝きを放つ。その容姿は明らかに日本人ではない。
 一匹は、一人へと姿を変えた。
 この二十年の旅は、愛の何たるかを思い出すための旅だった。不老の存在である彼女は、化け猫であった自分を受け入れてくれるだろうか。その答えを探す旅だった。
 迷いは無い。不安も無い。
 “剣の名を持つ男”は、庭へと下りて自らが作り出したその幻の頬に手を伸ばす。
 そして、その名を呼んだ。

 *  *  *

 濡れ縁の端に、薄がそっと姿を現す。
「葵が戻ったか」
「はい」
「……薄よ」
「はい」
「私はとんでもない愚か者だな」
「“人”とはそういうものであると存じます」
「言ってくれる」
 庭に通じる縁側から、葵がひょっこりと顔を出した。
「おそなりましたー」
「おー。葵ちゃん、戻ってきたね。でも、疲れてるだろうから、今日はもういいや」
「へ?」
 葵は予想外の師の言葉に、目が点になっている。
「いい食材を手に入れたんだ。食べていきなさい」
「そら、おおきに」
 葵の表情は、一転して笑顔になる。
「えらいなべっぴんさんが、近所で人探ししてはりましたよ。えらい困ってはるみたいやったんで、話だけでも、と思いまして」
「遅くなった理由はそれか。先に言っておくが、私は手伝わないぞ」
「いやそれが、名前を出して探すと相手に迷惑が掛かるからー言うて、人相書きも無しに性格面の特徴だけで探してはったんですわ」
「ほう」
「世の中にはいろんな事情があるんやなーと」
「そうだな、人生の数だけ事情がある」
「なんでも、『植物を愛し、紅茶を嗜み、読書家で、子供が好きで、どちらかと言えば犬派。朝が苦手で、夜中は寝言を言う。日々の鍛錬は怠らないが、毎朝のヒゲ剃りは面倒だと愚痴る。体型に見合わない大食漢で、美食家とまでは言わないが、味にはうるさい。自身も料理をし、その腕前はプロ級。涙脆く、オールナイトで上映しているような、B級にもならない映画で号泣したりする』、そんなお人を探してはるみたいで……」
「葵ちゃん。それは異国の女性じゃなかったかい?」
「そうですけど……お師匠はん、何や知って……ハッ!? もしや!? どこぞで孕ませた女が、あなたの子よー言うて追いかけてきたとか!」
「まて、何を想像しているかは知らんが、それは正しくないぞ」
「異国の女性やなんて一言も言うてへん! それが動かぬ証拠や!」
「いやいや。葵ちゃん、落ち着こう」
「不潔やー!!」
「まてー!」


 ― 了 ―