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プリズンマンション

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「こっちも元気な若い衆。おはよう」

 階段を走り降りてきたのは、三○八号室の森岩松、三十四才。○○会○○組の現役の構成員。

 森岩松は他の住人と入居して来た事情が違う。同じ組の幹部の所有している部屋の借家人だ。
 刑務所に入った幹部の留守の間代わりに入居して来た住人だ。
「おはようございます」
 森岩松は神戸長次にむかって軽く会釈した。神戸長次も笑顔で会釈を返した。

 マンションでジョギングを楽しむ方法にも色々ある。森岩松の様に階段昇りを加えたコースを選ぶハード派から、神戸夫婦の様な中庭の草花を見ながら周囲をジョギングするソフト派まで楽しむ方法は様々だ。
 しかし普通のマンションでは館内で走るのは禁止だ。ましてジョギングなどとんでもない。マンションライフのマナー違反だと居住者が文句を言うのが普通だ。
 そこでこのマンションの管理組合ではジョギングを楽しむ為のルールを設定。朝と夕方の一定の時間帯だけ許可し、決められたコースをで走る。住人はマンションジョギングを楽しんでいる。
 このマンション事情と近隣への配慮を考え、神戸長次達理事達が考案したマンション内ジョギングだ。

「あんた、時間が無いんだから邪魔したらいけないよ。ごめんなさいねジョギングタイムが終わっちゃうわよね」
 丹波屋友子が伝三の腕を引っ張った。
「おおっ、そうか邪魔しちまってごめんな。朝飯朝飯と」
 丹波屋夫婦は部屋の方に歩き出した。
 立ち去る丹波屋伝三を直立不動で見送るり神戸長次は妻と共にまた走り出した。森岩松もし走り出した。

「行ってきまーす!」
 ランドセルを背負った小学生が元気に挨拶して丹波屋夫婦の脇を走り抜けた。
「行ってらっしゃい。車に気を付けて」
 そろそろ小学生の通学の時間だ。
 エントランスをバタバタと小学生が走り抜けて行く。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
 この小学生の挨拶は気持ちが良い。中には無言で通り過ぎる子もいる。無視する様に無言で横を通ると子いる。だからと言って、この子に挨拶を返してあの子には挨拶しないなどと言う訳にはいかない。そんな事をしたら、差別されたと子供の親からクレームが入る。
 この親にしてこの子あり、そんな子供の親は無視して挨拶ひとつしない。

 管理室に戻ると、優しくドアを叩く音がした。
 大前田のお婆ちゃんだなと分かった。
「ちょっとね、また見てもらいたいの」
 やはり一○五号室の大前田栄子だった。

 ○○会○○組元組長の未亡人。九十才で一人住まい、日々の買い物から生活全て矍鑠として独りでこなしている。大親分の未亡人だけあって、立ち振舞いは凛としていて一本筋の通った品を感じる。
「どうしました」
 管理員が居住者の生活に深入りするのは禁止されている。つかず離れずで居住者と接するのが管理員の鉄則だ。まして特定の居住者に業務以外のサービスをするのは御法度。他の居住者から差別だと言われる可能性もあるからだ。
 しかし、大前田栄子は別だ。高齢者の一人住まいはルールを無視しても特別な気配りが必要だ。
 朝イチで一○五号室のメールボックスの朝刊の有無をチェック。朝刊を取りに来ているかを確認。まずは安否をチェック。
 その筋の業界でも高齢化問題は一般社会と同様だ。住人の中には独り住まいの大前田栄子の事を気使う住人はいる。
 あの震災でも大前田栄子の部屋へ真っ先に飛んで行った住人がいた。

 ○○会系○○組の現役組長夫人。二○五号室の吉良純子だ。元気よく挨拶する小学生の母親だ。

「また何だかテレビがおかしいのよ」
「写りが悪いのですか」

 以前に部屋のブレーカーがダウンして一晩中真っ暗な部屋で過ごした事もあった。隣近所に助け船を求めればよかったのだが遠慮したらしい。
 翌日、休日だたがたまたまマンションの近くに用事があり、ちょっと立ち寄り大前田栄子のメールボックスを覗いてみた。いつもなら新聞を取りに来ている時間だが、まだあり電話をして安否を確かめるた。その時は何とか大事には至らずに済んだ。
 大前田栄子は、業界人に弱味を見せるのが嫌だったのではないか。元組長夫人としてのプライドから助けを求めなかったのだろう。

「大丈夫ですよ、直ぐに直りますから」
「忙しいのに無理言ってご免なさい」
「それじゃー、お部屋に行きましょうか」
 管理員が居住者の部屋に入るのは禁じられている。だからと言って、管理員はお部屋には入れませんからと断れるか。大前田栄子は別だ。

「朝からこうなの、テレビを見ようとしたらこうなの」
 音声は出ているが映像が映らないと大前田栄子は言う。
 原因は簡単だ、テレビを見ようとしてリモコンのボタン操作を間違えたのだ。
「前とおなじですね」
「あらそう、直し方を教えてもらっても直ぐに忘れちゃうのよね。やだね年寄りは」
 細かい事をくどくど説明しても仕方がない、一応は原因を説明するが面倒でもその都度対応すれ事に決めている。
「ありがとうね」
「いえ、何かあったらまた言ってください」

 またドアを叩く音がした。
「ありがとう、これ差し入れ食べてね」
 大前田栄子が大福餅を持って礼に来たのだった。
 マンション入口の木製のドアを押し開けて二人の男がエントランスホールに入って来た。モニターで二人を確認。
(こいつらまた来たのか)
 客用のインターホンパネルに見向きもせず受付カウンターの前に立った。
 わざと気付かぬ振りをして書類を見ていた。一人の男がガラス窓をノックした。
「どうもー」
 その男は上着の内ポケットから警察証を見せて愛想笑いをした。
(そんなもの毎回毎回見せなくても分かってるよ)
 面倒くさそうにわざとゆっくり受付のガラス窓を開ける。
「何か御用ですか」
「また来ました。ご協力ねがいませんかね」
「何度来られても駄目なものは駄目です」
「ご迷惑をお掛けしませんので、ご協力願いませんねー」
「長谷川さん、決まりですから駄目です」
 本庁の二課暴力団担当の刑事達だ。
「嬉しいなー、名前覚えてもらえて」
(馬鹿でも名前くらいおぼえるよ)
 長谷川刑事は嬉しそうにまた微笑んだ。
「個人情報ですから駄目ですから」
 長谷川刑事は、マンションの居住者の名簿を見せてくれと訪ねて来る。しかし、相手が警察でも居住者の個人情報は教えられない。
「刑事さんだって知っているでしょ、個人情報保護法」
 暴力団担当が長いのだろう、黙っていればその筋の業界人と見間違える強面だ。付き合う人間に毒されると言うが説は嘘ではない。
「まったく困ってます。近頃はやりにくく協力していただけな」
「やっぱり不味いですよ強要は」
 相棒の若い刑事は先輩に渋々ついて来た様で腰が退けていた。
「分かってるよ、違法に入手しても証拠にならないだろ。だからこうして丁寧にお願いしてるんじゃないか」
「もういいですか。仕事があるので」
「また来ます。ちょっときな臭い話を聞いたのでね」
 長谷川刑事は意味深な薄い笑いをした。

 このマンションでも時に応じて、警察に協力する時もある。

 数日前、一人の男がエントランスホールに入って来た。初めて見る顔だ。恐ろしい事にその客が招かざる客だと嗅ぎ分けていた。
作品名:プリズンマンション 作家名:修大