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プリズンマンション

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「プリズンマンション」

管理室に入った時に、他と比べてテレビモニターの多さに驚いた。これならセキュリティーは完璧。
通常は四台か五台の防犯カメラ設置程度だ。しかし、このマンションは建物外部は勿論の事、内部の通路にも合計三十台設置してある。
 何だかマンションの住人は四六時中監視されている様でさぞや落ち着かないのではないかと心配してしまう。
 これではまるで刑務所だ。だがこのマンションではその言葉は禁句だ。
 それでも個々の住居専有部分には防犯カメラは一台もない。個人のプライバシーは守られている。
防犯カメラの多い事を除けば、他のマンションと変わらない。

業務開始の午前八時三十分になり、テレビモニターの作動を確認。それぞれのモニター画面は四分割されて、マンション内外箇所の映像が映し出されている。
 ここまでは他のマンションと対して変わりはない。
 しかし、管理員室を出ると他のマンションとは状況が一変する。このマンションはその筋の業界人専用のマンションなのだ。
 今日もちょっと変わったマンションの管理員業務の始まりだ。

住人が一人こちらに近づいて来る。
「お早うございます」
 こちらから先に挨拶。もしも住人への挨拶を忘れたらクレームになる事もある。管理員商売も大変なのだ。住人に気付いたら何をしていてもまず挨拶。管理員商売はサービス業なのだ。
 しかし、時には誰と誰に挨拶したか忘れてしまい、同じ住人に何度も挨拶してしまう事もある。
「おはよう」
第一遭遇者は、その風貌とは異なりニコニコと笑みを浮かべてやって来る。メールボックスの新聞を毎朝取りにやって来る。

○○会○○組元組長、六十六才。六年前に業界から引退。
 第一線を退いたと言っても、その風体にビビる。
 住人は、このマンション管理組合の元理事長だった二○八号室の丹波屋伝三。


 このマンションは、少し前までは日本いや、もしかしたら世界一の最悪のマンションだった。
 元理事長の丹波屋伝三は、その最悪マンションを業界人憧れの夢のマンションに変えた功労者なのだ。
 毎日の様に喧嘩喧嘩、些細なトラブルでも喧嘩に発展。この筋の方々の喧嘩だからそれはもう半端じゃない。居住者同士の血生臭い修羅場は日常茶飯事。
 それを仲裁するのも組合理事長の仕事で苦労していた。たまに管理員にトラブルが持ち込まれる事もあるが、管理員は原則不介入になっている。
 今では住人が業界人だけのこのマンションも、オープン販売当初は一般人が入居していた普通のマンションだった。
 それがある日その筋の業界人世帯入居して来た。そうなると一般人居住者が一部屋人抜け二部屋抜け、その後にその筋の業界人が入居する。それを繰り返している内に一般人入居者はいなくなり、その筋の業界人だけとなった。地上最悪のマンションとなったのだ。
 当然の事ながらマンションに対する世間様の不動産価値は激減。単なるマンションで、建物は高級でも不動産価値はまったくなくなった。
 この最悪の状況打開の為、元理事長の丹波屋伝三はマンション管理組合の規約に特例項目を付け加える事にした。

1)外部のいざこざを持ち込まない。
2)何人も管理組合の裁定に従う事。
3)マンション居住者以外の出入りを原則禁止とする。
 (なお、一般人の訪問は除外)
4)マンション内では何人も一般人たる事。
5)以上項目に違反した時には立ち退きを宣告しマンションより永久退去とする。
 その筋の大親分として一目おかれていた存在だった丹波屋伝三。臨時総会を開催し、強引に特例規約と館内の防犯カメラの増設案のマンション健全化改革方針案を承認させた。
 このマンション環境改革で半数以上の居住者が退去して行き、特例規約を受け入れた新たな居住者に入れ替わって、規約が守れる良識のある業界人が住むマンションとなったのだ。
 やがてその筋の業界の間で、住みやすい夢の高級マンションとして認知され、今では業界専用の不動産取引裏サイトで売買されている。
 現在は空き部屋待ち状態で、不動産の資産価値は急上昇。その筋の業界人憧れのマンションとなのだ。

「今日もいい天気のようですね」
「こんな日は散歩でもしたい所だな」
 丹波屋伝三は羨ましそうに言った。
 定年退職した一般人ならば散歩やジョギングでもと屋外に出たい所だが、前職が前職だけに引退したとは言えそう簡単に外でぶらつく事など出来ない。
 現役ではないがまだヒットマンも心配だし、それ以上にマンションの側には黒塗りの車が張り込んでいて、一歩でも外に出ようものなら車から刑事が慌てて飛んで来て尋問され大騒ぎとなる。
 なので一般人の様にマンション外では自由に行動する事はなかなか出来ない。

「あんた、仕事の邪魔したらダメだよ」
 新聞を取りに行ったきり戻ってこない旦那を迎えに、奥さんの丹波屋友子がやって来た。
「おはようございます」
「おはようさん、いつもご苦労様。これおやつにどうぞ」
「いつもすいません。頂きます」
 元組長夫人は、何処にでもいそうな気さくなおかみさん。時々こうして差し入れをいただく。
 中庭に通ずる廊下を走る足音が聞こえた。
「おはようございます」
 堅気ではない男っぽい声だ。丹波屋伝三は振り返った。
 男が一人近づいてきた。

 武闘派で知られている○○系○○組の中堅幹部若頭員、バリバリの現役業界人。三○一号室の神戸長次、四十二才。
 現在のこのマンション管理組合理事長だ。

「おはよう、今日もジョギングかい」
 丹波屋伝三は自分の孫に相対する様な優しい眼差しで挨拶を返した。
「あら、いいわね。いつも一緒で」
 少し遅れて神戸長次の妻三枝子がやって来た。
「おはよございます」
 今、マンション住人の間で、館内で行うジョギングが流行ている。外で道路や公園をランキングするより安全で世間様にも迷惑をかけずに楽しめると、健康志向派からファミリー層などに人気のスポーツだ。
 神戸長次は丹波屋伝三の前ではいつも背筋をピンと伸ばして直立不動。別に同じ組の親分子分の間柄ではない。
 丹波屋伝三が行ったマンション改革の時に早くから賛同していた。神戸長次は組合の理事ではなかったが、改革を率先して手伝った。以来家族ぐるみの付き合いをしている。
「あんたも、神戸さんを見習って少し走ったら」
 妻の友子が旦那のお腹周りを見て言った。
「いかがですかご一緒に」
「そうだなー」
「何よ、あんたそのやる気のない返事は」
「おい、余計なこと言うな」
 丹波屋伝三は冗談半分に神戸長次のお腹に軽くパンチを入れた。
「すっ、すんません」
 神戸長次はマジに受け止め謝った。
「冗談冗談、冗談やて」
 丹波屋伝三は慌ててごまかした。
「あんたのその怖い顔じゃ冗談じゃすまないのよ、ねーぇ」
 その時、神戸長次が背にした階段を走り降りてくる足音が聞こえた。
 神戸長次の目が一瞬険しくなり背中に緊張が走った。バリバリの現役業界人としては職業柄当然の反応だろう。
 駆け降りてきた足音も階段の途中で止まった。しかし、すぐに何も無かった様にまた走りだした。
「おはようございます」
 階段の踊場から声がした。
作品名:プリズンマンション 作家名:修大