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みやこたまち
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電話の中

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4 市頭原真名(いづはら まな)



「もしもし。田丸ともうしますが、室崎さんのお宅ですか?」
「はい」
「あの、玖目霸さんはご在宅でいらっしゃいますでしょうか?」
「いるんだけどさ。今はちょっと電話には出られないんだな」
「あの、何かお手がふさがっていらっしゃるのですか?」
「うん。荒縄でぐるぐるまきでね。樫のこんぼうで背中を叩かれているところだから」
「…あ、あの、一体何をなさっていらっしゃるのですか?」
「何? お姉さんは、人権擁護団体の人なの? それとも姉さんの友達の人なの?」
「友達です。あの、学生の時の」
「ブーッ。残念でした。お姉さんは学校行ってないんでした。で、何の営業? 化粧品? それとも結婚式場かな。話なら僕が伝えておくよ。何?」(キーッケンケン。ブオッゴザワヒィ-)
「な、何の音ですか今のは」
「いよいよ佳境に入ったところなんだ。本当は電話なんてしてちゃいけないんだ。先生の言いつけなんだけど、そういう古い慣習を打破していかなきゃ、新しいものは生まれないでしょ。あ、先生って親父のことね」
「はい。そのとおりです」
「何? 先生の事しってるの?」
「は?いえ。古い慣習を打破するというお話でしたので」
「チッチッチッ。今の文章の主題は『親父』でしょ。指導要綱的には」
「は。恐れ入ります。それでですね、私どものハネームーンベイビーマルチプランでは、すでに身ごもられた新婦さまを対象にいたしまして、あらゆるご相談をお受けしているのです。親族のみなさまには、出来たから結婚したんだ、と勘づかれたくないとか、こんな大きなお腹でも、打ち掛け、ウエディングドレスのかわいいのが着たいですとか、飛行機に乗るのは危ないんだけど、一生に一回のハネムーンだから絶対にジンバブエに行くんだとかいう様々なニーズにお答えいたしております。じつは、ハネームーン堕胎、なんてプランもマル秘で扱っているのです。逆にですね、バチカンで出産して洗礼割礼を施してもらえる格安プランもございますし、臨月バンジーなんて絶叫企画もご用意いたしております」
「ふーん。お姉さん確かに今臨月なんだ。だから親父が祓っているだけど」
「祓う? とおっしゃいますと?」
(タクミ。出るぞ。何をしてる。真言を唱えろ。私だけの力ではおさえきれん。こんな結界すぐに決壊するぞ…)
「あ、あのお取り込み中のようでしら、またの機会にご連絡いたしますが…」
「あ、お姉さん。名前なんていうの」
「い、市頭原真名です。あっ。で、でもそれが一体どうしたんですか」
(ナーゼナーゼオマエハヒトノシキュウニスクイハハタルモノニワザワイヲナスノダ・オマエハコノヨニマヨイデテハナラヌモノソウシガミツイテイテハカラダガバラバラニチギレルゾチギレレバミライエイゴウリンネモナカワズクチハテルコトモデキヌママムゲンナラクカラノガレルコトハデキナイノダゾ。コワクワナイワレハシンノナヲモツモノナリマナトトナエヨマナマナマナ)
「さあ、一緒に唱えるんです! マナと」
「一体何なんですか? いたずらですか?」
「何を言っているんだ。大変なときに電話をかけてきたのはそっちじゃないか。いいですか。電話回線には結界は通用しないんですよ。あなた、信じないなら姉に憑いていたものがそちらへ移動してしまいますよ。マナと唱えなさい。千回。マナと唱えなさい。万回。マナと唱えなさい。百万回。洞窟にこもって誰にも会わずに、マナと唱えなさい。千万回。マナと唱えなさい。マナと。マナマナマナマナ」
「止めて! それは、私の名前です」
「あっ」(イカン!)
(ドタンバタンブツンキンキン ヘァッ ゴオーーーーーー)
「もしもし。どうしたんですか。もしもし。一体なんなんですか。もしもし」
「あなたは今、マナが自分の名前だと言いましたね。霊に向かって名を名乗るというのは自分の全てをさらけ出して開け放して受け入れるという事なんですよ。もうどうしようもない。あなたもあなたの会社も、あなたの家族も、あなたの孫も、みんな…」
「あ、あなたは一体、誰なの、なの、なの、なの、なの…」
「俺は『個人演劇集団 隻眼のムカシトカゲ』 主演俳優 戸亜太良だ馬鹿野郎この野郎。かかってきた電話が本番公演の、電話演劇をゲリラ上演中なんだぞ馬鹿野郎」
「な、なんなんですか。なんなんですか。あなたは…」

 室崎は受話器を耳から離した。玖目霸は、結婚関係のアンケートを書く際に使う架空の姉だ。煙草が旨い。

作品名:電話の中 作家名:みやこたまち