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ヤマト航海日誌

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2017.2.26 悪魔のトリル



加藤三郎という男がストラディバリウスのヴァイオリンを持っている。名前は〈ゼロ〉とでもしておこう。イタリア語で〈1〉は『ウノ』だが〈0〉は英語と同じく『ゼロ』だ。

その値段は十億円。ウノの後にゼロが九個だ。加藤は君に、「おれの楽器に触るなよ」と言いおいて部屋を出て行く。

君は音楽に関しては小学校でリコーダーを吹いたきり。銘器どころか、ヴァイオリンの実物を見るのさえも初めてだ。けど、『触るな』と言われたら、触ってみたくなるのが人情ではないか。君は、「へえ、これが十億か」と言いながら、そのヴァイオリンに手を伸ばした。

するとどうしたことだろう。君の両手が自然に動いて、その楽器が美しい旋律を奏で始めたではないか。まるで楽器が君を操っているかのようだ。

君は思う。『わかる、わかるぞ! ボクにはこいつの弾き方がわかる! ボクはボクの運命とめぐり逢ったかのようだ! ボクは今、この楽器とひとつになっているんだ!』

と、次の瞬間に、君は顔をブン殴られた。見ると加藤三郎だ。憤怒の形相で、


「お前、なんのつもりなんだ! 人の楽器を盗む気か!」

「いや、待ってくれ、ボクはそんな……」

「言い訳するな! 出て行け! でないと警察を呼ぶぞ!」


取り付く島もない。と、またその時に、



「待ていっ!」



と大音声(だいおんじょう)で呼ばわる声が響き渡る。見るとヒゲの老人がそこに立っているのだった。

老人は言う。「今の曲はタルティーニの『悪魔のトリル』だ! 弾いていたのは君なのかね?」

「は? なんです?」

「とぼけるでない。知らんで弾けるわけがなかろう。ジュゼッペ・タルティーニの『悪魔のトリル』。弾きこなせる人間は世界にも数えるほどしかないと言われる難曲中の難曲だよ。ある夜のこと、作曲家タルティーニの夢に悪魔が現れてひとつの曲を奏でてみせた。タルティーニは枕に聴いたその曲を朝に必死で書き留めた。付けた名前が『悪魔のトリル』。今、君が弾いた曲だ」

「はあ……」

「タルティーニはこれを譜にしておきながら、世になかなか出そうとせず、人がこの曲を知ったのは彼が死んで三十年もしてからだった。おそらく、彼は自分で満足のいく演奏ができなかったのではないかと言われる。これはそれほどの難曲なのだよ」

「はあ……」

「『はあ』って、何かね。知らずにたまたま弾いただけとでも言うのかね」

「ボクはそもそもバイオリンなど持ったこともありません」

「な、なんだとうっ!」


途端、老人は巨大化した。50メートルの大きさになって眼から光線、口から火を吐きながらドシンドシンと歩き回って街をひとつ壊してしまう。彼こそ沖田。沖田雄三(ゆうぞう)。音の皇帝、〈音皇(おとおう)〉の称号を持つ人物だった。


「それはまことのことなのかね! 信じられん! 音楽を何も知らない素人が『悪魔のトリル』を弾きこなすとは! しかも、今の演奏は、このわたしがこれまでに聴いたどのタルティーニより素晴らしかった。これが『悪魔のトリル』であるなら、わたしがこれまで『悪魔のトリル』と思って聴いていたのはなんだったのかというほどのものだ。すごいぞーっ! まさに究極にして至高! 天上の響き! 君、教えてくれ。どうして君にそんなことができるのだ!」

「さあ……ただ、このバイオリンを持ったら手が勝手に動いて……」

加藤が、「〈ヴァ〉って言えよ、〈ヴァ〉って」

「加藤、お前は黙っておれ!」と音皇様。「それはその〈ゼーロ(イタリア語で0はゼロだが、ぜえろ、という具合にちょっと伸ばす)〉が君を認めたということであろう! 〈ゼーロ〉が君のものになりたいと望んでいるのに違いない! よし、では君にそれをあげよう。〈ゼーロ〉はもう君のものだ!」

「え……ちょ、ちょっと待ってください。音皇様!」


と加藤が言う。だが沖田は、


「黙りおろう! 銘器は持つべき者が持ってこそ銘器! お前に持つ資格はない! ここにいる、えーと、君、名はなんて……いや、名前などどうでもいい。今日から君を〈ミスター音っ子〉と呼ばせてもらうよ。〈ゼーロ〉はミスター音っ子の君が持ってこそ真のストラディバリウスなのだ!」

「ミスター音っ子?」

「うむ!」


沖田は頷き、それから言った。


「加藤、お前はこれからはヴィオラを弾いておればよい」


このようにして盗みは正当化されるのである。〈音皇様〉沖田の言葉は絶対だ。沖田がヨシとしたのだから、君の行為は盗みでなくなる。〈ミスター音っ子〉となった君には萌え美少女が群がってくる。

道を歩けば迷い顔の美少女と出会う。『どこ行くんですか? あ、行く先同じだ』と言えば簡単についてくるから、部屋に閉じ込めてバイオリンを聴かせてやると、


「ああ、なんだか心がチョムチョム! あたしをあなたのモノにしてえ〜ん!」


ということになってもくれる。彼女が許してくれるのだから、拉致監禁が拉致監禁でなくなるのである。

君が何を盗もうと、元の持ち主が君を〈正当な所有者〉と認めたならば盗みでなくなる。楽器だろうと女だろうとなんでもかんでも君のものだ。それが戦闘機だろうと、写真だろうと同じこと。

ネットに公開された写真を、君が盗んで『これはボクが撮った』と言って、それがバレてももしも撮った当人が、


「よく見つけたね。この写真がわかるとは、キミはタダ者ではないな。この写真の著作権をキミにあげよう。これはキミが撮ったものだということにしよう。ボクは身を引く。写真もやめる。だからカメラもキミにあげよう。もうボクには要らないものだ。今この瞬間、キミも気づいていなかったキミの才能がパッと花開くんだ! キミはこれからものすごい写真を撮るぞ! 女の子が群がっちゃうぞ! お金がガッポガッポと入る! 保証するよ、今からキミは〈ミスター撮(さつ)っ子〉だ!」


なんて言ったらすべてが正当化されるのである。そしてたちまちスーパーカメラマンともなる。出渕裕が監督となって作るアニメや、福井晴敏が脚本を書くアニメではそういうことが起こってくれる。

『2199』で古代進が勝手に〈ゼロ〉を持ち出して、あげくオシャカにしたことは何も悪くはなかったことになっている。古代進は出渕裕皇帝陛下に認められた〈ミスター渕(ぶち)っ子〉なのだから、何をしようと許される。だから古代は上にだろうとなんだろうと偉そうな口を利いていい。まるでかつての悪魔参謀辻政信のように。

矢吹丈は〈地獄よりの使者〉と呼ばれる。

実はその名は、元は辻政信に人が付けた渾名(あだな)である。辻政信こそ本家〈地獄よりの使者〉。一介の佐官でしかない辻が何をしようとも、国の所有者・天皇陛下に追認された。だから下の者はもちろん、上に立つ将官達がひとりも辻に逆らえなかった。辻こそ〈ミスター和(かず)っ子〉だった。だから、それゆえ悪魔以外のなんでもなかった。

君も〈ミスター○っ子〉にいつかなれると思うだろう。〈○皇様〉に認められれば、何を盗んでも構わないのだ。それは君に所有権があったことになるものなのだ。
作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之