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俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(下)

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第14部 ブタぐるみが喋った日



(1)

恋人芝居が
母親にばれた
こっぴどくどやされて
目が覚めたと
あんたは突然
店をやめた

根くらべなら
望むところだ
パティシエさん
受けて立って
やろうじゃないか

今にそっちから
泣きついてくるさと
腹いせに始めた
後任探し

強がってたわりに
ものの2日で
音を上げたのは
俺の方

音沙汰もない
あんたを罵り
3日後には
あんたを呼び出す
口実を探した

夜 思いついて
ひとり浮かれた
後先も考えず
電話した

もう
11時近かった

「自転車
今すぐ取りに来い
さもないと
明日売っ払う」

1か月か
そこら前
ひょんなことから
預かって
そのままうちに
置きっぱなしの
あんたの自転車

目の敵にするのも
大人げないが
使えるものなら
何でもよかった

それから 
“ブタぐるみ”は
のし代わり
もともと
あんたの戦利品

泥酔したあんたが
泊まって以来
未だにのさばる居候

目ざわりで
迷惑千万
この際こいつも
引き取ってくれ

来てくれるなんて
自信のかけらも
なかったから

それにまさか
来ないからって
ほんとに明日
売っ払うわけも
なかったから

半信半疑で聞いた
玄関のベル

入ってきたあんたは
絵に描いたみたいな
仏頂面では
あったけど
俺は内心
小躍りしてた

10分でいい
いや
5分でもよかった

冗談でも
口げんかでも
久々に
あんたと一戦
交えられるなら

救いがたく
独りよがりな
空想だった

自転車の
タイヤの空気
抜いたのはきっと
呆れ果てた
神様だ

一度くらい
懲りるまで
墓穴でも
掘ってみろと


(2)

パンク自転車
トランクに押し込んで
思いもよらない
真夜中のドライブ

家まであんたを
送るなんて
計画には
まるでなかった

ハンドル握って
はたと気づいた

自転車も
ブタぐるみも
もう二度と
手に入らない
貴重な持ち駒

縁が切れたも同然の
あんたをつつく
またとない
切り札なのに

俺は今日
自分から進んで
2つとも
手放しかけてる
悔んでももう
遅かった

おまけに
ブタぐるみ抱えた
助手席のあんたは
よそよそしくて
冗談一つ
乗ってこない

他人行儀で
押し黙ってて
あんたがあんたじゃ
ないみたいで
面くらった
居心地が悪かった

無茶苦茶な
電話一本で
真夜中に
人呼びつける
非常識

罵りも
怒鳴りもしない
あんたが妙に
恨めしかった

きわめつけに
携帯が鳴って
ムシャクシャは
最高潮

ただでさえ
勝手が違って
こんなに
てこずってるってときに
このうえ電話なんか
出られるか

無視する俺に
業を煮やして
ご丁寧にも隣りから
火に油
注いでくれた

「彼女でもない
ただの女を
助手席に乗せて
彼女からの
電話にも出ないで
そういうのをふつう
浮気っていうの」

あんたは心理学者か
偉そうに

限界だった
急ブレーキ踏んだ

あんたの家には
まだほど遠い
坂下で

ハンドル握れる
冷静さなんか
残ってなかった
頭に血が
上りきってた

トランクの自転車
手荒に下ろして
ここからは
押して帰れと
無理難題を
ふっかけた

それでも黙って
車を降りて
呆れながら
手を貸して
一緒に自転車
下ろしたあんた

今日に始まった
ことじゃない

俺の中に
醜い膿が
たまりすぎてた

自分の本心が
自分で怖くて
意地でも
隠したがるという膿

わかってたけど
怖すぎて
とても自分で
切開なんか
する気には
なれなかった


(3)

あの日のあんたの
外科手術は
情け容赦の
かけらもなくて

治療法の選択も
患者の同意も
あったもんじゃなかった

麻酔のマの字も
ないまんま
いきなりメスを
突き刺した

「私を好きだった
ことはある?

ノーならノーで
全くけっこう
正直じゃない
男なんか
私の方から願い下げ

最後だからひとつ
教えてあげる

縁もとっくに
切れた女を
急に夜中に
呼び出して
ひとりイライラ
癇癪起こして

そんなの自分から
“気があります”って
証明してるようなもの

誤解されたくなかったら
慎んだほうが
身のため」と

あんただから
わかってた
膿の状態
取りうる手段

車に乗り込む寸前の
俺の背中に
躊躇なく浴びせた
あの啖呵

あれは
あんたじゃなければ
誰もできない
荒療治

一風変わった
物好きな医者が
バカにつける
薬はないと
さじ投げかけた
土壇場で

慈悲か情けか
ダメもとか
メスの一突き
とどめを刺した

片や
腑抜けなこの患者

とっくの昔に
気づいてながら
「なんで俺が」の
一点張りで
治そうという
意志もなく

片意地はって
目をそらし
末期に近い
この期に及んで
往生際の悪いこと

不意も不意
図星も図星で
メスの一突き
よけきれず
思わずあげた
醜い悲鳴は
埒もない
最後の悪あがき

「俺があんたを
好きかって?
めでたい女もいたもんだ
夜中に電話
かけたぐらいで
大げさな
そりゃ悪かった
誤解させたね」

あんたの鼻
へし折ってやりたい
一念で
急所を突かれた
悔しさの
1%でも仕返ししたい
一念で

苦しまぎれの
捨てゼリフ
精一杯の
虚勢を張った

仕上げは
自転車に八つ当たり
力任せに蹴倒して
車で逃げた

卑怯と幼稚と
傲慢の膿を
まだ傷口から
だらだらさせて

自己嫌悪と
自暴自棄で
頭ん中は
ぐるぐる回って

どうにかこうにか
ハンドル握ってた俺が
ふと
視界の端っこに見た
白い影

助手席に
ポツンと座る
ブタぐるみ

慌てて降りた
あんたの忘れもの

ついさっきまで
手放すのを
悔やんでたのに
皮肉にも
舞い戻ってきた
因果な切り札

奴は助手席に
ふんぞり返って
したり顔で
おまけに俺を
憐れむように
のたまった

「捨てゼリフ?
黙って聞いてりゃ
笑わせる

おまえこそ
彼女にベタ惚れ
あれじゃまるっきり
自分で白状
してるも同然」

そこにいるだけで
こっちの神経
逆なでるのに

もう 顔見るのも
ムシャクシャして

奴の足
ひっつかんで
後ろのシートに
放り投げた