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女子外人寮

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隠した自転車


社長に呼ばれた。

「及川、お前にやって貰いたい事が有る。研修生の件だ。研修制度はお前も経験していると履歴書に有ったけど。儂の会社は縫製組合を通じて、中国人研修生を受け入れとる。縫製屋だけでは独自に受入れするノウハウや人材が無い。だから組合を作って、そこに一旦受入れ、個別の縫製会社に送ったような形式にしている。

これには問題も有る。組合に一人分いくらと言う金を払う事になるんだ。その金額が馬鹿にならない。

それで儂は新しく組合を作る。それには他の縫製工場にも仲間になれって呼び掛けにゃならん。ここが難しい。が、何とかなりそうだ。それでその設立から役所の手続きをお前にやって貰いたい。出来るかね?」
社長は右手で老眼鏡を少し下げて、メガネフレームの上から上目使いに俺を見つめる。

「にかよった経験は有りますから、調べながらできると思います」
俺は企業の研修計画作成から入国管理局の手続きの一切をやった経験がった。

「それでだ、今日の午後、今の組合の会合が有る。そこへ連れて行って紹介だけするから、だまって座ってろ。3時に出るから儂の車を玄関まで出しとけ」
こう言って社長は会議室と呼ばれる、窓のカーテンの白さがセピア色に焼けて、所々破れても放置されたままの、古ぼけた部屋から俺を置いて出て行った。

社長の濃紺の車はクラウンだった。もうメーターは25万キロも走った年代物だった。この会社は何もかも古く、研修生と称する女達だけが新しい気がした。
けれど彼女達の華やいだ明るい笑顔を見たことは無かった。工場全体に厚い雲が重く垂れこめているような気がしていた。

「及川、出発しろ」
「どちらへ行けばよろしいか?」
「一年生の女子寮だ。鍵は有るな?」
なぜ女子寮なんかに行くのだろう。俺は理由を聴きたかった。けれど止めた。どうせ行けば解ることだった。

寮に入ると、社長は一階ニ階と順に部屋をまわって点検を始めた。女達の部屋はマスターキーで全部開けられる。この鍵は社長だけが持っている。個別の部屋、若い女達の部屋、俺も見る事になった。通路やホールと違って、きちんと片付いていた。
持ち物が極端に少ないのだ。
化粧品や鏡、派手な衣服、そんなものは一切見えなかった。
ただ木製の壊れた二段ベッドが並んでいて、わずかな小物が枕元に有り、バスタオルやジーンズがハンガーやベッドフレームにかかっているだけだった。

俺が来た時、あまりに紙クズや野菜クズが散乱していたので俺はその場で掃除をしておいた。女達にやらせたかったが言葉の問題で諦めていた。
あの時よりフロアーは幾分はきれいで、ましな気がした。
あまり汚れていては管理を任された俺が困るのだ。

一階の奥の方に自転車が10台程並べて有った。みんな古びたママチャリだった。
「おい、及川、今から工場に帰ってワゴン車持ってこい。この自転車全部工場に運べ。すぐにだ」社長は急に思いついたように俺に指示をした。

俺は最初からそう言ってくれれば、ワゴン車で来たのにと思ったが、思いつきですぐやる社長には逆らえない。そのままポンコツクラウンで工場に帰り、ワゴン車のロングボディー仕様を持ってきた。そして、自転車を詰め込み、工場に移送し、また女子寮に社長車で戻った。

 
玄関で声がする。車の停車音もする。この女子寮が組合の会議室だったのだ。
五人程の人数が集まった。社長の集まりのハズなのに、古びた革靴のような車ばかりが、玄関前に並ぶ。この縫製業界の衰退を表しているような気がした。

一階の集会場兼食堂で会議が始まった。
社長が黙っていろと言ったので、俺は片隅の椅子に腰をおろしていた。

会議が始まった。何やら業界の連絡と噂話が有り、その中で気になる話も有った。
「深川社長、お宅では残業手当、申し合わせ通り払ってないだろね」と70歳ぐらいの他の会社の社長が訊く。
「ああー、勿論そうだ」と俺の社長は答える。

(本当だろうか・・あのコンサルタントの男・・確か残業書類を点検してたのに)俺は妙な会話が気になりだした。残業させない約束なのか、金を払わない約束なのか・・。

最後にこんな話が出た。
「ところで、深川社長。この寮で一緒に泊めて貰ってた研修生はもう一人も居ないね。後はお宅の中国人だけだね。大勢うちの子達もいた時、10台程買った自転車。あれもう必要ないね。
だから、うちの連中に乗らせたいので、みんなで分けたらどうだろう」
会議に来た一人がこう発言した。

「いやー、儂はこの頃ここに、めったに来ないんで・・おい及川、お前、裏の自転車置き場見てこい!」
社長は俺に命令した。裏の自転車置き場って有ったかな。俺は急いで勝手口から寮の裏手に回ってみた。初めて見る場所だ。パンクした自転車と丸三縫製㈱と書いた自転車が2台有ったきりだった。
「社長、うちの会社のが2台とパンクしたのが一台有っただけすよ」って報告する。
「いや、もう8年も経つから良く分からんなー」と社長はとぼけている。
ついさっき、俺が持ち帰った アレがそれだったのだ。
その話は、そのままたち切れてしまった。
質問した男も黙ってしまった。

ボロ自転車数台を取り合うなんて、なんて浅ましい。全部合わせても3万円にもならないのに。
俺はそんな馬鹿仕事のために呼ばれたのだった。
作品名:女子外人寮 作家名:桜田桂馬