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花は咲いたか

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剣を学び、剣の出稽古で多摩に来ていた近藤勇と知り合った。
 しかし、剣はほとんど独学だったせいか、歳三は道場で竹刀を振るより実戦
で真剣を扱う方が強かった。
「道場で竹刀を持っても沖田には絶対勝てねえ。もっとも真剣だってあいつと
やり合うのはごめんだ」
「沖田さんてそんなに強かったんですか?」
「あれは剣の神様がこの世に遣わした男だ。だからすぐに神様んところに帰っ
ていっただろう?」
 沖田は近藤が婿入りした江戸の試衛館という天然理心流の道場に幼い時から
預けられていた。いわば内弟子だ。歳三が試衛館へ出入りするようになって沖
田とのつながりが出来たのだ。
 試衛館には食客が何人かいて、その食客が近藤勇や歳三と京にのぼって新選
組の礎を作ったのだ。
 近藤勇、沖田総司、井上源三郎、それに俺。食客は永倉新八、原田佐之助、
山南敬介、藤堂平助、そこへ斎藤一が出たり入ったりしていた。
「試衛館にいたころは金もない、まともな仕事もない。でも夢だけはあったな
ぁ」
 土方は遠い目をして外を眺めている。
 そんな頃だ、幕府が浪士を募集したのは。
 名目は上洛する将軍徳川家茂の警護。実際はその頃京の町にはびこる尊王攘
夷を唱えてテロ活動をする浪士を取り締まるためである。毒には毒で、浪士に
は浪士をもって制するというのが、その時の幕府の思惑だったろう。
「実際にはちょっと違ったな」
「どんな風に違ったんですか?」
「うめ花、京の話をすると朝までかかっても終わらん。京の話はまただ、ほか
にすることがあるだろう?」
 そう言って後ろからうめ花の腰を抱き寄せる。
 開いたままの窓から、今月5日目の月が細く輝いていた。

 昼間は海岸を散歩したり、漁港をのぞいたり、まるで蜜月のような時を二人
は過ごしていた。
 海は穏やかな波音をたて、砂を踏む足音さえ波に吸い込まれていく。
「戦の最中だってことを忘れそうだよ」
 土方も穏やかな目で波を見ている。
 うめ花はふいに、土方を呼んでみたくなった。
「土方さん」
「ん?」
「なんでもないんです、ただ呼んでみたくて」
 うめ花は土方の顔から目をそらし、波に視線を落とした。
「義豊だ。俺の諱だから覚えておけ、歳三は呼び名だしな」
「諱?」
 うめ花は言われたことがよくわからなくて聞き返した。
「本名のことだ。義豊が俺の名だよ。ついでに隼人って名が土方家にある。こ
れは由緒正しい土方家の男子の名なんだ。俺も一時期名乗ったことがある」
「じゃあ・・・」
「義豊だ。他人行儀に苗字でなんて呼ぶなよ」
「他人行儀ですか?」
「他人の男と女が一緒に温泉になんぞ来るもんか」
 また頬の赤くなるようなことを言う。

 夕食の後、土方は姿勢を正した。
「明日、俺は五稜郭へ帰る」
 うめ花の目をまっすぐに見ながら告げる。声には土方の決した心が見えた。
 うめ花は一瞬目を閉じ、もう一度土方を見た。
 来るべき時が来た。
「お前をここへ・・・」一拍、言葉が途切れる。
「置いていく」
 何故とか、どうして、とかそんな言葉も浮かんできたが、
「はい」
 と答えていた。
「ここで療養している兵たちを手当てしているのが高松凌雲という人で、箱舘
病院の先生だ。お前のことは凌雲先生が引き受けてくれた」
「お爺様が亡くなった時に、一度お世話になっています」
「そうだったな」
 敵味方の区別なく病傷人を手当するこの凌雲を、土方は尊敬しうる人物と見
ていた。年は土方より3つ4つ下だが、肝のすわった男だった。
 そんな土方の言葉も聞こえてはいたが、ただうめ花の頭の中を通り過ぎてい
くだけだった。
 今、この瞬間から土方はどこへ向かうのか。
 うめ花の頭の中はそんな言葉が渦を巻き始めた。
「うめ花、うめ花」
 土方に呼ばれて我に返ると、きつく身体を抱きしめられていた。
「間違っても土方の女だったことを敵に知られてはならん」
「それから自分を大事にしてくれ」
 うめ花は激しく土方の背に腕をまわした。
「嫌です、一人でなんて、自分を大切になんてできない」
 涙と感情が土方の肩にぶつけられ、ゆさぶられて、土方はただ黙って受け止
めた。うめ花が何を叫ぼうと、何を恨もうと、すべてを受け止めようと土方は
両腕にただ力をこめた。
「嫌です、嘘でもいいから帰ってくると言って」
「嘘なんか言えないよ」
 そう答える土方の目はどこまでも優しい。
 わかっていたこととはいえ、半狂乱になっても当たり前のことだ。うめ花は
武家の娘ではないから、自分の感情そのままを相手にぶつけてくる。
 泣いてもわめいても何も変わらないことは、うめ花にもわかる。でも今はこ
うすることしかできない。明日は戦場へ行ってしまうのだ。
 今だけ、一生分の涙を流してもいいと、うめ花は思った。
 やがてうめ花が泣き疲れ、土方の腕の中で眠ってしまうのを、土方は愛おし
げにみていた。

 いつの間にか、明るくなっていて、朝の匂いが窓から流れ込んできた。
 いまのいままで、うめ花を抱いていた土方は、そっとうめ花の身体をおろし
た。
 着物を脱ぎ、軍服に着替える。
 その様子を、いつの間にか目を覚ましたうめ花が、上体を起こして目で追う。
 着替えをすませ、上着を手に持った土方に、うめ花は駆け寄った。ただ、自
分の身体を土方にぶつけただけだ。パサリと土方が上着を落としうめ花の身体
を受け止めた。しかし、それは一瞬で、すぐにうめ花の身体を離すとその目を
見つめた。自分の記憶に焼き付けるかのように。
 そして目をそらすと落ちた上着を拾い、うめ花の手に押し付けた。

 馬の背で、土方は何も見ていなかった。
 何も見てはいないのに、馬は五稜郭へ向かっている。
 夜の間中、ひそやかな音をたてていた雨はすっかりあがり、何もかもを洗い
流したように清々しい陽が差している。
 雨はあがっていたが、土方の手にぽつりと滴が落ちた。
 左手のこぶしで頬をぐいっと拭うと土方は馬を駆けさせた。

 五稜郭に、箱舘湾入り口の防御柵が何者かの手で取り払われた報せが届いて
いた。昨夜のことらしい。
 今まで湾内に新政府軍の艦隊の侵入を防ぐため、入り口には防御柵と水雷を
仕掛けていた。それでも一隻二隻と敵の軍艦は侵入してきてはいたが。
 海を守ることのできない海軍が、できる数少ない対策だった。
 これで新政府軍の艦隊は一気に箱舘湾を埋め尽くすだろう。
 アボルダージュ作戦で、修復不可能なほどの破損を受けた回天丸は、湾の浮
砲台として最後の役目を迎えていた。
 五稜郭では最終と思われる軍議が開かれ、決まったことは各々の持ち場と軍
の配置だけだった。
 榎本は降伏に何か有利になる条件はないか探っていたが、土方にはどうでも
いい事だった。
 降伏はしない。
 力ある限り、命ある限り戦うと心に決めていた。

 その日の夕方、土方は市村鉄之助を呼んだ。
 あの時、撮影したあの写真と辞世の句に手紙を添えて差し出す。
「これを、日野の佐藤彦五郎という男に届けてくれ。俺の義兄だ」
「え?私がですか?私は副長と一緒にいたいです」
「これは命令だ。鉄でなきゃ頼めない仕事だ」
 と語気を強めた。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅