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花は咲いたか

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第八章

 5月1日、土方軍は五稜郭へ戻った。

 5日前の戦闘で唯一、台場山二股口の土方軍だけが勝っていた。
 木古内の大鳥軍は奇襲をかけられ総崩れとなり、矢不来まで撤退していた。
二股口に土方が再び戻った頃のことだ。
 二股口の土方軍に伝習士官隊が到着し、鼻息の荒い滝川充太郎は到着するな
り士官隊を連れて斬り込んだ。
「あ、あの馬鹿!」
 歩兵隊長の大川正次郎が声を挙げた。
「撃つな!士官隊が斬り込んだ。味方にあたるぞ!」
 しかし、何の計画もなく準備もなく斬り込んだ滝川士官隊は新政府に猛攻撃
を受けた。散々追いまわされ土方軍に戻ると、歩兵隊長の大川正次郎に胸倉を
つかまれた。
「何を勝手なことをしているんだ!命令もなしに!」
 ものすごい剣幕で怒鳴る大川に滝川も負けてはいない。
「離せよ!斬り込むからには敵のド肝を抜くのが肝心じゃないのか!」
「司令官は土方奉行だぞ、命令は土方さんが出す」
「うかうかしてたら負けてしまうからつっこんだんだ!」
 と二人はゆずらない。
 大声で怒鳴りあう二人に土方が近寄る。
「そこまでだ。今はやめておけ、戦の真っ最中だ」
 結局戦いは翌日の午後まで続き、大激戦となった。
 兵力のない土方軍だが、かろうじて勝利をおさめた。
「士官隊の突撃で、皆が勇気を得た。だがな、戦は勢いだけでは勝てん、そこ
で大川が全体の命令系統を守れと怒ったがこれは大川の言うことがもっともな
ことだ」
「まぁ、お前たちは二人揃って実力以上の力を出すことが出来たって事だよ」
 と丸く納めてしまった。
 しかし、唯一勝利を得た土方軍にも危機が迫った。
 矢不来の大鳥軍は大敗し、海側の道を進んだ新政府軍は松前城を奪還した。
 この事実が何を意味するか。
 このまま二股口にとどまっては、新政府軍3000に前後から挟み撃ちに合
う。全滅を避けるためには、今のうちに五稜郭へ退くしかなかった。
「折角、勝っているのに退却なんて」の声もあがった。当然だろう、土方軍は
新政府軍に一度も負けていないのだ。土方さえいればこの先も勝てると誰もが
思った。
「馬鹿野郎!死にてえのかっ!」
 めずらしく土方が怒鳴り声をあげると、隊士達はハッと土方の顔を見た。
「五稜郭へ帰るぞ。話はそれからだ」

 五稜郭へ戻った土方軍に待っていたのは、
 総攻撃の決定だった。
 5月11日、新政府軍は海陸の総力を挙げて、箱舘に総攻撃をかける。
 うめ花が怖れていた(その日)だった。
「うめ花、温泉へ行くぞ、支度しろ」
「温泉?え?なんで?」
 この危機に温泉に行くとはどういうことなのだろう。
「なんでって、休暇だよ。あ、洋服は脱いでいけ。お前には着物が似合う」
 戦いの虫・・・。事、戦いの事となると何もかも後回しで没頭する男がどれ
をしない。
 総攻撃が決まったというのに温泉なんぞに出掛けて良いのか、うめ花は不思
議に思った。
総攻撃ともなれば準備も軍議もあるのではないか。
「湯川って町に温泉がある、箱舘からも近いし負傷した兵士たちが療養してい
るところだ」
 さすがに土方の馬に二人で乗るのはためらわれた。今は戦の真最中だからだ。
「五稜郭に、土方さんがいなくていいんですか?」
「ああ、三日間の休暇だ。この三日間に逃げる奴は逃げる。残って戦うものも
いる。集合は5月8日、それまではお前と二人だ」
 こんな昼間から顔の赤くなるようなことを言う土方に、うめ花は首を傾げた。
だが、土方は本当に楽しそうにしているのだ。
 わけがわからなかった。
 今の箱舘軍から逃げ出したい奴も、戦いたくない奴もいる。総攻撃が迫って
いる今、そういう者たちを無理やり軍にとどめておいても士気が下がるだけだ
と、土方は思っていた。新政府軍の総攻撃に、志ある者だけが立派に戦えばよ
いことだと三日間の休暇を提案したのは土方だった。

 湯は、赤い色をしていた。
 うめ花は長いこと箱舘で暮らしてきたが、ここの湯に入るのは初めてだった。
身体を沈めるとあまり熱くない。じんわりと身体が温まり本当に極楽のようだ
と思った。出たり入ったりしながら時間を過ごし、部屋に戻る渡り廊下からは
箱舘山が見え、湾に陽が沈もうとしていた。
 立ち止まってしばらく箱舘山の美しさに魅入っていた。
 部屋に戻ると、
「長湯だなぁ、うんと待ったぞ。先にやっている」
 と着物に着替えた土方は片手で盃をひょいとあげてみせた。
「ごめんなさい。ここ初めて来たので」
 土方の着物姿も初めてだった。目の前に座る土方に釘付けになっていた。
「俺の着物はめずらしいだろ?ホレなおしたか?」
「え?あ、いつも軍服ですし・・・」
 答えに困るようなことを言う、今日の土方は変だ。
「お着物もお似合いです」
 それだけ言うと慌ててとっくりを持ち上げた。
「いい」
 土方はうめ花の手からとっくりを取ると、
「俺は手酌で飲む、素人女はそういう事はしなくていい」
 武蔵野楼で育ったせいか、そういうものだと思ってきた。
 多摩でも京でも女にモテた土方だったが、素人の女と商売絡みの女は違う接
し方をしてきた。だから、うめ花にも酒の酌はさせられないと思っていた。
「でも、二股では皆さんにしましたよ」
「あれは別だ。だいいち柄杓で注ぐ酒なんぞに色気もへったくれもない」
「勝手な言い分」
「そうだ、俺は勝手かもしれない。わかっててお前をここまで道連れにしちま
った」
 食事を終えると膳は下げさせ、酒だけを持って土方は窓辺へ寄った。うめ花
を手招きすると、自分の胡坐をかいた足の間に座らせる。後ろから腰に手をま
わした土方は、
「多摩の話でもするか?」
 とうめ花に囁く。
「俺は今日産まれた、日野の百姓の四男坊だ」
 歳三が六歳の時、すでに両親は亡くなっていた。どこの家でもそうだが、跡
取り以外の男子は養子に出るか、丁稚に出て商人になるくらいしか生きていく
道がない。
 歳三は丁稚に出されたが、商人になるつもりなどなく、すぐに奉公先を飛び
出した。そして再び奉公に出たのが呉服屋だったが、女関係が原因で店を辞め
た。
「俺に物差しを使わせたら上手いもんだぞ、残念ながら戦に物差しの出番はな
いがな」
「で、そのお店の女の人とはどうなったんですか?」
「若気のいたりってやつだ。冷めてみればどうってことはない」
 こころなしか、うめ花がしょぼくれて返事もしない。
「どうした?昔の話は嫌か?」
「女の人の話が・・・私もそのうちどうってことない女になってしまいそう」
 土方はうめ花の髪をいじりながら言う。
「確かに俺は女に不自由はしなかった。だが、島原や北野での話だぞ、相手は
どう思ったかしらんが、本当に大事な女からの文を多摩に送り付けたりはしな
い」
「そんなことしたんですか?」
 うめ花は驚いて土方を振り返った。笑っている。
「だからどうってことはない」と言ったろう。もう少し昔話につき合え」
 背中から伝わってくる男の体温や声がこの上もなく心地よく、うめ花は黙っ
てうなづいた。
 商人にはならないと決めた歳三はやはり武士になりたかった。遊んでいるわ
けにもいかぬから、家業の石田散薬を作って薬の行商に出た。行商をしながら
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅