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短編集『ホッとする話』

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 病院からの帰り、何も食べていなかった僕たちは急に空腹を感じて、国道沿いの回転寿司で食事をすることにした。どこにでもある大手チェーン店だ、日頃よく行く外食店の一つだ。
 僕と妻、両親と妹。五人でテーブル席に座り、流れる寿司を見つめる。いつもならワイワイと日頃あった出来事をああでもない、こうでもないと冗談をいれて話しつつ箸も動かすのだが、誰も中々手が伸びない。みんなこの時、去年の暮れにこの五人と祖母とで寿司屋に行った事を思い出していた。高価な食事でもなかったが美味しくいただけて、そしてみんな笑っていた。
「そういやお婆ちゃん『刺身が食べたい』ってネタだけ食べてウチらを困らせてたよね」
 その場を何とかして取り繕おうとして妹が冗談を言うが誰も笑えなかった。父はお茶をすするばかりで母なんかはお腹が空いてる筈なのに、泣いてるばかりで結局何も食べなかった。結局僕たちは普段の半分も食べることができず、前に六人で行った時とくらべて食事代がとても安かったことだけが印象に残る。

 何の味もしない、不味い、不味い食事だった

   * * *

 その翌日祖母は静かに息を引き取った。結局最後に言葉を交わしたのは正月に電話で挨拶をしたあの時だった。出張先から帰ってきたあの日、何としてでも電話しておくべきだった。もしかしたら祖母と話が出来たかもしれない、もしくは既に倒れてても繋がらない事を心配して救急を呼べたかもしれない。助かっていたら曾孫の顔が見れたかもしれない――。
 自分が流した涙は自分への後悔があった。祖母に謝りたかった。ただ、それは叶うことはないことだ。僕は霊前に手を合わせる度にあの時の後悔を思い出す。

 あれから時は経ち、家族の数はその時を超えた。今では家族を連れてよく回転寿司に行く、両親を連れて行くこともあるし、妹夫婦を連れて行くこともあるが毎回美味しくいただいている。値段と便利さもあり、外食と言えば回転寿司であることが多い。
 あの時の寿司屋は今はその場所になく、バイクの販売店になっていて、そこで二度と寿司を食べることは出来なくなった。しかし僕はそこを通る度に思い出す。忘れられないくらい不味かった寿司のこと。多分あの味と出会うことはないだろう、そう思って僕と妻、そして子供たちは今日もその店の前を通りすぎた――。