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短編集『ホッとする話』

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 花守とぶちは人に道を教えてもらいながら何とか上野駅にたどり着いた。
 与えられた僅かの俸給、花守はどのようにして汽車に乗っていいのかわからない。その上自分が生まれ育った樺太の大地のように木が生い茂っていることもなく、今立っているところも土ではなく固い石の上だ。おまけに六月の東京は気温も高く、相棒のぶちも舌を出して辛そうだ。こいつのためにも早く汽車に乗って帰らねば、花守は樺太の自然が恋しくて仕方がなかった――。
「あの――」
 花守は駅員に声を掛けた。
「あそこに書いてあるでしょう」
 駅員は看板を指差すが花守は字が読めない。そもそもアイヌの言葉は伝承で覚えるもので文字を持っていない。花守は日本語を解することはできるが字というものの概念がないので、東京での移動は困難をきわめた。
「文字は読めんのです」
「『畜生は汽車には乗せられぬ』と書いてあるのだ」
つっけんどんな、明らかにアイヌを蔑視したような顔で駅員は花守を突っぱねる。それでも花守は食い下がり、ぶちと一緒に樺太へ帰る方法はないのかと嘆願した。
「仕方ないな……」
 花守の気持ちに折れたのか、駅員は一人と一匹に貨物列車の一部を用意しそこなら乗っても構わないと言うと花守は駅員の手を取って 
「ありがとう、ありがとう」と言ってぶちと共に喜んで貨物列車に乗り込んだ。
 駅員は呆れた顔をしていたが花守は気にならなかった。開南丸の底とは比べ物にならないくらい快適である。
「どうなっても知らぬぞ」
駅員はそう吐き捨てて列車は北へと走り出した。
「行くぞ、ぶち」
ぶちは尻尾を振って喜び、客車の後ろに連結された貨物の車両に駆けて行き、花守もその後を追った。