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短編集『ホッとする話』

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一 この部屋に満たされたもの 26.5.14



 西京院時子は華族出身の子爵・西京院時重の令嬢で、19歳になった時に父の意向により結婚相手を募集することになった。そして時重の厳しい審査を通り、彼女を嫁にもらうことになったその相手は、華族でも旗本の出身でもない、平民出身の喜作という男であることに誰もが驚いた。
 特技も財力も、そして真面目であるという以外にはこれと言った取り柄も喜作ではあるが、現在では時子は喜作を慕っており、慎ましいながらしあわせな家庭を築いている。
 
 人を見る目に厳しい父、時重が娘を嫁に出すのを認めたのにはこのような経緯があった――。

   * * *

 時重は娘の結婚相手を募集したところ、あまたの人間が名乗りを上げた。容姿端麗、家柄も良い時子は時重の自慢の娘、それは当然の成り行きであった。
 しかし、志願者のどれもが金目当てのそればかりで時重も募集はしてみたもののあまりに見える下心にだんだんうんざりしていた。
 
 それから時は経ち、最終的に三人の男が候補に残った。一人目は西京院家とは深くから親交のある六条家の御曹司・胤匡(たねただ)。二人目は国会議員の長男、幕臣出身の東郷実五郎(さねごろう)。そして三人目は西京院の膝元で商売をしている平民の河井喜作。
 最初の二人は順当であるのは世間が認めるが、三人目の喜作だけは誰もが納得しなかった。兼ねてから納入で出入りしていた程度の平民の男が子爵の令嬢を嫁にとるはずなどない、西京院の界隈では令嬢を巡る争いは二人の一騎討ちだろうと、そんな噂で持ちきりだった。

 時重は娘の結婚相手の候補である三人を館に呼び、このような課題を出した。
「三人にそれぞれ部屋を一つづつ与えよう、三日後に部屋を時子の欲しいもので満たして参れ。時子が一番気に入った部屋にした者を嫁に取らせる」
 三人は深々とお辞儀をして屋敷を後にした。

 そして三日後――。

 時重は傍に時子を連れてそれぞれの部屋を訪ねた。
「準備は、よいか」
と声を上げて時重は胤匡に与えた部屋の戸を開けた。すると、部屋の中央に小さな卓がおかれ、その上に金や銀、そしてまばゆいばかりの宝石を並べて二人を迎えた。
「これは……」
 質問をする時子に胤匡は答えた。
「私の家にあるすべての宝石をもって参りました。今は卓の上しか満たせませんが?いずれこの部屋を貴女の好きな宝石で満たせて見せましょう」
「あいわかった、それでは次に参ろうか、時子や」
時重はそう言い残して部屋の戸を閉めた。

 隣の部屋に向かう途中、時重は口を開いた。
「あの男はどうかね、時子」
父の質問に対し娘はこう答えた。
「宝石はきらびやかですが、私の家にもあります」
 時重は頷くだけで何も答えなかった。

 続いて二人は、隣にいる実五郎の部屋の戸を叩いた。
「準備は、よいか」
と声を上げて戸を開けた途端に、部屋から食欲をそそるにおいが立ち込め二人の鼻を衝いた。
「これは……」
 時子が聞くと実五郎は
「貴女の好きな料理をたくさん作りました。すべて産地直送の最高級の食材を使っており、最高級の料理人に調理させました」
 と言って鍋をかき混ぜるとにおいが再び膨らむ。
「よろしい、それでは次に参ろう」

 そして時重は戸を閉めると時子に
「どうだ、時子。部屋はうまそうなにおいで満たされていたぞ」
と質問したが、時子はあまり表情を変えなかった。
「ですが料理をするのは彼ではありません」
「そうか……、最後は平民の男だが、よいか?」
「構いませんわ。すべての人を見ておきたく思います」
「そうか、では次に参ろうか」 

 最後の部屋、喜作の部屋の前に立った時には既に日が暮れていた。
「準備は、よいか」
「はい、どうぞお入り下さい」
戸の向こうから喜作の返事が聞こえた。時重が戸に手を掛けようと手を伸ばした瞬間、戸がスッと開いた。 
「これは……」