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短編集『ホッとする話』

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五 元気にしてくれるもの 26.6.28



 天候よろしくない、じとじととした大学のキャンパス。。季節は梅雨時に入り、学生の数は一年でも少ない時期になる。春先はみんな真面目に授業に出るが、5月の連休明けには徒党を組んで交代で授業に出て出席や書記をするものや、試験の直前まで出てこない者などで減っていく――。

 梅原小夜は、この春この大学に入学した花の大学一回生。貝浜という冬は雪深い、過疎化の進んだ田舎の小さな漁師町から単身でこの街にやって来た。それを示す指標として、二両しかないワンマン列車が一時間に一本しか来ないくらいの町と言えばわかっていただけるだろう。
 初めての独り暮らし、高校時代まで青春のほとんどを受験勉強に費やし、娯楽の少ない田舎で遊ぶことだって制限してきた。
「大学に入れば、存分に青春を謳歌しよう」
という思いを受験勉強の燃料に変えて、奇跡的に本命の大学になんとか合格し、娯楽らしい娯楽のない田舎を脱出することができ、関西のある街に住んでいる。

 しかし授業にバイトそして家事……、日々の業務に手一杯で彼女のキャンパスライフは余裕がなく、その上元々真面目な性分であるので授業をおろそかにすることができず、ずる休みせず真面目に授業に出ていた。思っていたものとは少し違うがそれでも毎日楽しんでいる。 
 そんな2限目の授業が終わった昼休み、小夜は同じゼミの亮太郎と夏実の三人で食堂の長机に座って昼食をとっていた。
「しかし食堂も人、減ったよね?」
「ああ、確かに。四月は座れなかったもんな」
と話し合うのは小夜と亮太郎。亮太郎も四国から一人で出てきているので食堂での栄養補給は大事だ。ここで自炊の手間を省いている。
「ハメハメハ現象ってやつよね、これ」
「ハメハメハって、南の島の?」
 続いて夏実が外の天気を見て口を開いた。それを聞いた小夜はやったことのないフラダンスのかっこうを見せる。
「そうそう、『風が吹いたら遅刻して 雨が降ったらお休みで』の」
「ははーん、面白い。梅雨時は確かに授業出る人少ないよね……」
夏実が解説すると納得して笑う二人、その笑い声は周囲の話し声にすぐにかき消された。
「小夜ちゃんは真面目に授業も出てるし、毎日忙しそうやね?」
「うん」小夜はニコッと笑った「授業も、アルバイトもあるし、何だかんだ言って高校の時よりも忙しいかも」
 小夜の父は既に還暦を回って現役を退いている。そんな父に仕送りの額を上げて欲しいだなんてとても言えない。無理して自分を出してくれた両親に申しわけないから、授業をおろそかにすることができない。
「独り暮らしっていいなあって思うねんけどな、私の場合」
と漏らすのは自宅から通っている夏実だ。家に両親がいると門限やら決まりやらうるさいとよく愚痴をこぼす。
「でもないぞ。掃除洗濯、ほんでメシ。自分で考えんとあかんし」
「そう、それが毎日だとプレッシャーなんよ」
 下宿組の小夜と亮太郎はすかさず反論というより、気兼ねのない本音で答えた。
 小夜はそう言いながら散らかりっ放しの部屋が頭の上に浮かんだ。口では言うものの冷蔵庫にはジャンクフードしか入ってないし、そういえば掃除は長らくしていない。実家の母が見れば間違いなく怒られるくらいに。
 表向きにはなんでも一生懸命にこなしている小夜であるが、そのしわ寄せは私生活にあることは自分で認めている。勉強にアルバイトに、そして遊びに必死で、家事はいつも後回しだ。
「じゃあ、小夜ちゃんは家から通える大学の方が良かった?」
「いやあ、それはないわ」小夜は微笑んだ。
「だって、貝浜はなーんにもないもん、もちろん大学も。ノンビリしてていいけど、基本退屈よ」
 下宿させてまで大学に行かせてくれる両親には感謝している。だけど、18歳の小夜にとっては実家の町はあまりに狭すぎる社会だった。その本音が言葉になって現れたのだ。
 
 あらかた食事が終わると学生たちの数も減って行く。次の講義に出る者、新たな溜まり場へ移る者、学生の数だけのドラマがそこにある。
 小夜の選択している次の講義は休講であることが事前に発表されている。5限目までポッカリ空いた暇を潰す相手を探していた。
「これから、どうするの?」
「あたしは次パンキョーあるねん」
「俺も次ドイツ語」
「なーんだ、上がるの私だけだ」
 小夜は二人にさよならを言って食堂の軒先まで出た。下宿は大学から自転車で五分、雨がパラパラと降っている――。