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ダチ

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『今池常男』

へったくそな字と言いたいところだが なかなか上手くて(なんだよ こいつぅ)と俺以外にも数人は思ったに違いない。
「いまいけ つねお。よろしく」
そこで 白い歯なんぞ見せて 爽やかに笑ったら 花畑で倒れる女子が出そうだが……。
常男は、そんな俺の想像を 裏切らなかった。
俺の隣の席の一個飛びの席の 静香が頬を両手で押さえている。
(なんだとぉー)
まだ誰にも気づかれないようにしているが、俺は 静香に好意を抱いていた。
(まずい。先手を打たなければ、俺に勝ち目はないかも)
そんな焦りを感じた。俺は、あからさまに静香を見た。
俺の視線に 静香は気付いて頬から掌を離したものの、その頬は ほんのり赤かった。
(まさか もう惚れたのか?)
「じゃあ、今池君の席は、この列の一番後ろで」
「はい」
素直な返事すら、気に掛る。それにこの列は花畑と隣り合わせじゃないか。来た早々なんて恵まれたヤツなんだ。と既に 常男に嫉妬 いや羨ましさを全身に感じていた。
(もう一列こっち通れよ。女子の横通りやがって)
花畑女子にそよ風が吹いたように 常男が席の横を通り過ぎるとウエーブか、パタパタ漫画のように 女子が振り返っていく。
常男が、一列飛んだ机の間を通り、静香の横にさしかかった時だ。常男は、俺の方に視線を向けた。俺は 一対一で目が合った。
その目は、眼飛ばしたという感じではなく、奥まで澄んでいるんじゃないかと思うほど綺麗に輝いて見えた。男の俺ですら どきっとするくらい柔らかな眼差しだった。

常男が席に着いて、担任からプリントを一枚配られると朝のホームルームは終わった。
担任が、教室を出て行った。

女子が、振り向く。もちろん 目当ては常男だった。
だが、その渦中の常男が席から立ち上がると、何あろう俺の方に真っ直ぐやってきた。
ザワザワザワ。花畑は、強風で葉が擦れあう音がしているようだ。
女子の胸中を台詞ってみるなら『どうして?』だろう。俺自身がそう思った。

「僕、常男。キミは?」
「お、俺?」
「そう。俺って訊くキミ」
「神戸 輝明(こうべ てるあき)」
俺は、不用意にも 常男に見られてフルネームで答えてしまった。 
「そっか、やっぱりキミだと思った。コービーだね。コービー・ブライアント」
その時は、何言ってるんだか さっぱりわからなかったが、級長の寺阪に訊くと『コービー・ブライアント』というバスケット選手がいるらしかった。バスケの新旧のスター?
常男が神様で 俺はスーパースター?
「テルって呼んでいい?」
その時は思いつかなかった言葉だったけど、常男の屈託のない笑顔は、今になっても忘れることができない。 

作品名:ダチ 作家名:甜茶