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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 高らかに宣言して、ティリーは水晶の槍を生み出した。槍は炎の光を浴び、きらきらと輝く。そして球体に飲まれた術師目掛けて一斉に切っ先を奔らせた。
その瞬間、術師の元から黒い閃光が迸しった。
「きゃああああああ!?」
「ティリー!?」
 閃光の直撃を受けたティリーは軽々と吹っ飛んで船縁を越え海を越え、追跡艇の甲板に落下した。どさりという重い音がここまで届く。ティリーは無事だろうか。
 しかし術師の方も無傷ではなかったようだ。結界の外に渦巻く嵐の術に変化を感じて、リゼは空を見上げた。
 術で生み出された嵐が急速に消えていく。雨は止み、風は弱まり、波が収まっていく。それでも凪には程遠い、荒れた状態だったが、これなら風の結界は必要ない。
 魔力を注ぐのをやめると、風の結界は糸がほどけるように消え去っていった。結界が消失した途端、冷たい雨が降り注いでくる。それはリゼの頬を濡らし、身体を濡らしていった。だがそんなことは気にならない。結界を解除したことで、身体が一気に軽くなったのだ。リゼはそのまま間髪入れず、新しい魔術を唱えた。
「キーネス! そこをどいて!」
 そう言った瞬間、剣を持った悪魔教徒と交戦していたキーネスは素早くその場から離れた。
『貫け!』
 氷槍は空を駆け、残っていた悪魔教徒をまとめて氷漬けにした。そのまま悪魔祓いの術を重ねて奴らに取り憑いている悪魔を吹き飛ばす。悪魔教徒達は氷漬けのまま動かなくなった。
「ローゼンは無事らしいぞ」
 追跡艇の方を見ていたキーネスがリゼにそう言った。乗組員が合図を送ってくれたようだ。
姿は見せないけれど無事ということは、吹っ飛ばされて気絶しているのだろう。
 だがあの術師の方はどうだろう。嵐の術は収まった。別の術が唱えられている気配も感じない。奴は死んだのか? いいや。悪魔を祓っていないのに、それはなさそうだ。術師がいるはずの場所はいつの間にか炎にのまれてしまっていて見えない。
 結界を解いたことで雨が降り注いできたが、船を焼く炎が消えることはなかった。まだ一部分だけだが、見る間に甲板に広がって行く。マストの脇に積まれた漁の道具が、炎にのまれて火の粉を吹いた。
「このままでは船が沈没するぞ。ゼノとスターレンはまだか」
 二人とも、まだ船室から戻って来ない。シリルを探すのに手間取っているのか。それとも・・・・・・
 その時、船室に続く階段に人影が現れた。階段を駆け上がって来る大小のいくつもの影。炎の明かりの中に現れたのは、誘拐された四人の子供達と、アルベルトとゼノだった。
 子供達は燃えている甲板を見て一瞬ためらったようだが、リゼ達の姿を認めると、思い切って走り始めた。その後に一拍遅れて子供を抱えたゼノが走る。アルベルトは最後尾で周囲の様子を窺っていた。
「全員見付けたのか」
 キーネスは呟いて、数歩前に出た。サーフィスの村人の話によれば、誘拐された子供は四人。ということは、ゼノが抱えているのがシリルだろう。なら後はこの漁船から脱出するだけだ。子供達は甲板を半分通り過ぎ、ゼノとアルベルトもその後を続いて、
 その時、甲板に雷が奔った。
 雷は誰にも直撃しなかったが、その代わり甲板に炎をばらまいた。炎は瞬く間に燃え広がり、ゼノとアルベルトの行く手を遮った。
 燃える炎に囲まれて、二人は完全に取り残されてしまった。そこへ黒い雷が奔り、二人に襲いかかる。アルベルトが防いだが、シリルもいるし完全に不利だ。とにかく炎を消さなければとリゼは魔術を唱え始めたが、その前に、シリルを抱えていたゼノが立ちはだかる炎の手間まで近付くと、大声で呼ばわった。
「キーネス! 受け止めてくれ!」
 そう言った瞬間、ゼノは抱えていた子供を勢いよく放り投げた。子供は燃えるマストを飛び越え、黒いローブをなびかせながら宙を舞う。やがて落ちてきたその子を、キーネスは難なく受け止めた。
「なっ、こいつは・・・・・・!」
 抱きかかえた子供の顔を見て、キーネスは絶句した。フードが外れて露わになったその子は、同じような金髪碧眼をしていたものの、シリルではありえなかったからだ。
「シリルはこの船にはいない! その子は身代わりだ! どこかで入れ替わったんだ!」
 アルベルトの言葉に、リゼは驚いて目を見開いた。つまり、あいつらはどこかでシリルとこの子を入れ替えて、情報屋の目を欺いたということか。こちらはまんまと騙され、ここに誘き出されたのだ。
「どこで入れ替えたんだ。シリル・クロウ(本物)はどこへ――」
「後で必ず調べて。今はその子達をさっさと船に」
「・・・・・・ああ」
 キーネスは踵を返し、子供達を連れて追跡艇へと戻っていった。
 それからリゼはアルベルトとゼノのいる方向に視線を戻した。二人は燃え盛る炎に囲まれている。あのままでは脱出出来ないだろう。
 リゼは二人のいる場所を見据えて、剣を真っすぐに構えた。切っ先から、風と氷雪が刀身を取り巻いていく。魔術が剣の周りで一本の槍のような形を取った時、リゼは甲板を勢い良く蹴った。
 次の瞬間、リゼは放たれた矢のように船上を駆け抜けた。炎を蹴散らし、一直線に空を奔る。そして炎の中にたたずむ雷を操る術師の胴体に、剣の切っ先を突き立てた。
 火花が爆ぜる音がした。雷が奔り剣を押し戻していく。一際強い雷が閃いた瞬間、リゼと術師はそれぞれ弾き飛ばされた。
「リゼ! すまない。助かった」
 体勢を立て直して着地すると、アルベルトがそう言った。リゼは敵を見据えたまま、
「礼はいいわ。炎が消えているうちに速く――」
 その瞬間、黒い雷がリゼ達のいる場所に落ちて来た。三人は各々避け、雷が飛来した方向を見る。果たしてそこには、あの術師の悪魔教徒がいた。
「しぶといわね」
 そもそもティリーが止めをさしたはずなのに、まだ生きているなんて。さすがに無傷という訳ではなく、動きはぎごちないが、術の鋭さは変わらない。雷は絶え間無く繰り出され、リゼが放った氷槍は砕かれて消滅させられてしまった。
「どうするんだ? 近寄れねぇぞ!」
 雷を避けながらゼノが嘆いたが、良い策があるならとっくに実行している。さりとて炎に囲まれたこの狭い範囲を逃げ続ける訳にもいかない。さて、どうするか――
「リゼ、頼みがある」
 その時、隣に立ったアルベルトが小声で言った。術師に視線を据えたまま、彼は言う。
「一瞬でいい。奴の気を逸らしてくれ」
「――わかった」
 落ちてきた雷を避けて、リゼは魔術を唱えた。術師はそれに気付き、同じように雷を生み出し始める。やがて組み上がった魔術は空を走り、 氷槍と雷が激突した。
 相殺された魔術は四散して白い霧を生み出した。霧は見る間に広がり、視界を覆っていく。けれどそれも短時間のこと。吹きつけてきた風が白い霧を押し流していく。
 視界が晴れる前の一瞬の隙を狙って、アルベルトが鋭い銛を投擲した。
 白い霧に吸い込まれるように、銛は空を駆けていった。柔らかいものに突き刺さる鈍い音と、何かがぶつかり合う重い音。白い霧が嵐の風で晴れていく。そして、開けた視界の先には、マストに磔になった術師がいた。銛が奴の喉を貫き、背後のマストに縫い止めていたのだ。