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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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店内に流れる音楽は、今日は大人しいゆったりしたジャズだった。
曲名もミュージシャンも分からなかったが、何となく雰囲気は今に良く合った。
私はスツールに腰掛けて失敗したラテアートのカップを手に取り、自分で一口飲んでみた。
エスプレッソはお客さんに出すよりも濃いめに入れてある。
私はコーヒーはストロング派なので、苦みがしっかり感じられる方が好きなのだ。
以前、アメリカのこまっしゃくれたトラ猫が主人公の漫画を見ていて、その猫もコーヒーはストロング派で、カップに差していたスプーンを引き抜くとコーヒーが固形で抜けてしまうって言うオチがあったけど、そこまでではないにしても、私にもそれを好む気持ちは分からなくはない。
「優雅だねえ」
そうかけられた声で私はふと顔を上げた。
そこにはマスターが立っていて、私の目の前で右手をカウンターに突いて微笑んでいた。
「お店の新しいウリに出来るかと思ったんですが」
だから、私はそう答えた。
マスターは私の失敗したラテアートのカップを少し覗き込んだ。
もちろん中身は私がもう飲み始めているので、ただでさえ歪んだ熊(になるはずだったモノ)は、もはやほとんど跡形もなくなっていた。
「何事も練習あるのみ、さ。一発で出来ちゃったら、最初にソレを考えた人に申し訳ないってものだろう?」
マスターはそう言った。
なので、私は頷いてまたコーヒーを一口啜った。
「今日は特に静かですね」
私はそう呟いた。
何しろ今日は朝からお昼まで、まだお客さんがひとりも来ていない。
元々繁盛店ではないにしても、あまりにも閑古鳥モードだった。
いつもならもう少しお客さんが来てくれてもおかしくはない。
「この時期だからね」
とマスターは言った。
この時期。
梅雨の、まっただ中と言うことなのだろうけど。
確かに眺める街中に歩く人影は少ない。
車は行き交うが、数も多くない。
田舎町とはそう言ったもので、天気にそのまま人やモノの流れが左右されるのだ。
もっとも、だから私もラテアートの練習でもしてみようかなどと考えたりした訳ではあるのだが、それでもここまで暇をもてあますとは思わなかった。
「あやめ君、もしヒマでヒマで仕方がないなら、僕と一緒にこの店の将来について考えたりしてみないか?」
マスターが急に真顔でそんなことを言った。
「はあ、リフォーム時期についての検討とかですか?」
だから私はにっこり微笑んださらっと返した。
マスターはその返事を聞いて一度大げさに顎を落として、続いて肩まで落として見せた。
そしてくるりとふり返るととぼとぼとカウンターの奥へと歩いて戻った。
――勿論、ここまでは私とマスターの間の『様式美』だ。
さて、と立ち上がると私はカップに残ったものを飲み干して、カウンターの上を布巾で拭き上げた。
その時、きぃと戸が開く音が背後に聞こえた。
だから私はふり返った。
「いらっしゃい、ま――」