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花は咲いたか

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Γなあに、狭い湾だ。あの旗を掲げて進めば多少ウロウロしても問題ないでしょう」
Γ確かに。今から物見を出すより、岬をまわり込んでから考えるとするか」
甲賀にしてもこの機を失いたくない。新政府艦隊が宮古湾に入ったということは、同じ暴風雨にあっているはずだった。だから宮古で艦の点検やら補給を行うことは、考えられた。
Γ土方さん、もしかしたら敵さんは釜の火を落としているかもしれないね。急げば寝込みを襲えるが...」
甲賀はめずらしく気負っている。
Γ釜の火を?ということは、しばらく追っ手は出てこない」
Γ正しくは動けない、と思うが」
Γしかし、暗闇ではこちらも具合が悪い。やはり夜明けが良いかと...」
夜が明けあたりが見えてこなければ、揺れる軍艦の上での斬り込みは覚束ない。
回天は左に黒々とした陸地を見ながら岬の縁をまわり北へと進路を向けた。
しかし、岬の先端を目前にして不測の事態が起きた。
高尾の機関が再び故障、速力が出なくなってしまった。車でいえばアクセルを踏んでもスピードが出ない状態、というやつだ。
Γ荒井さん、甲賀さん、高尾はあきらめましょう。この回天で突っ込むしかない」
甲賀はギョッとして土方の顔を見た。
Γ本気ですか?これは外輪船だから接舷してもだいぶ隙間ができる。まぁ、やってはみるが」
Γ任せた。後は俺達の仕事だ」
土方の目は輝いていた。
Γ利三、斬り込むぞ。俺達に出番が回って来たな、準備しろ」

宮古湾は細長いいちじく形で水深は奥へ行くほど浅くなる。甲鉄艦は全体に鋼板を纏っているため、重い。故に他の艦よりも沈み込む。浅瀬になど引っ掛からぬよう湾の入口の水深60M付近に停泊していた。
回天は3本マストの外輪船でもとは優美な姿だったのが、台風でマストを2本折られ、修理もせぬままだ。後方に残ったマストに星条旗を掲げ、静かに近づく。甲鉄艦の甲板に見張りが二人いてこちらを見ているようだ。
甲賀艦長の言った通り甲鉄艦の煙突から煙はあがっていない。やはり釜の火を落としているようだ。
操船を甲賀艦長自らが行っている。
難しい接舷であることと、海軍から操船できる者も含め、土方の斬り込み部隊と乗り移り甲鉄艦を動かさなければならない。でなければ奪っても意味がない。
Γ副長、一番に私が斬り込みます。任せてもらっていいですか?」
野村は土方の足を心配していた。回天と甲鉄艦の間が開き過ぎては、土方が先頭を行くのに不安があった。
Γお前に任せる。格好良く一番手柄を立てて来い」
Γはい!」
そんな会話を物陰に隠れてしていると、星条旗はするりと降ろされ代わりに日章旗が掲げられた。
Γくそッ!」
甲賀が舵を握りもの凄い形相で回天を操っている。
ドカッと回天は甲鉄艦にぶつかり止まる。
船首が持ち上がっているところを見ると、頭から突っ込み乗り上げたようだ。
Γこれ以上は無理だ、船首から飛び降りるしかないッ!」
その声に野村は立ち上がり、
Γ野村、行きますッ!」
利三郎が数人を連れて走りだし抜刀して船首から飛び出した。続いてまた何人かが飛び出す。
高低差はゆうに3M弱。
土方も走った。
途中、甲板に落ちていた綱をつかみ、空中へ踊り出た。
左足で着地した時に見えたのは、先に斬り込んだ野村らが入り乱れて船倉への入口付近で切り結んでいるところだった。
土方は甲板に視線を巡らすと、ガトリング砲を探した。あれを撃たれる前にこちらの手中に収めたい。
Γあっ!」
ガトリング砲に敵のひとりが取りつき発射準備をしているところだった。
目測でガトリング砲までの距離を計算して走った。途中、銃を構えた敵3人をまたたく間に突き倒し、ガトリング砲を発射しようとする兵士を後ろから突く。敵はガトリング砲に覆い被さり、その反動で砲の向きが変わる。
ガトリング砲は僅かに上を向き、乗り上げた回天を狙う角度になってしまった。
後ろから、
Γきえーッ!」
と声がして振り向くと、刀を振りかぶり斬りつけて来た。
身体を反転させて凪ぎ払うと、敵が銃を構えた先に野村利三郎がいた。
Γ利三ーッ!よけろッ」
土方が叫ぶと野村は甲板を転がり、銃弾を避けたようだった。
その隙をついて、激しくガトリング砲が撃たれ始めた。
ガトリング砲はあっという間に回天の側面を穴だらけにし、回天から大砲で反撃するものの、攻撃のスピードがまったく追いつかない。
Γわあーッ甲賀艦長ッ!」
という声が回天であがっていたが、土方の身体は野村達が奮戦している方に向いていた。走りよる脇から斬りかかられ、その敵を斬り倒している間に回天から怒号が飛んだ。
Γ斬り込み隊戻れッ!離れるぞッ作戦は中止だッ!」
声と同時に、数人が投げ込まれた綱によじ登り退却を始めた。
Γ利三ッ戻れ、退却だッ!」
少し離れた場所から
Γ私がしんがりを務めますッ、副長は先に行って私を引き上げてくださいッ!」
野村が敵に向き直り、ゆっくり後ずさりを始めた。
Γ早くしろッ敵にかまうな!ロープにつかまれッ行くぞッ!」
土方はロープを掴んだまま利三郎を呼んだ。
激しい銃声が起こった。
利三郎の身体がピクンと伸び上がると、土方を一瞬振り返った。
そのまま、ゆっくりと利三郎は甲板に転がった。
Γ利三ーッ!!」

土方は、どうやって回天に戻ったのか確かな記憶がなかった。
手には野村の愛刀を握り締めている。撃たれた野村に駆け寄る前に、銃を撃った敵数人を怒りにまかせて切り捨てたところまでは覚えていた。
回天に戻ってみれば、甲賀艦長はガトリング砲で射ぬかれ戦死。野村と共に斬り込んだ者達も多くが負傷し、戦死した者も少なくない。負傷者の中にはあのニコールもいた。
箱舘に戻る回天丸はもはや旗艦の機能は失われ、ただ箱舘へ戻ることが精一杯だった。
かくして、アボルダージュ作戦はここに終了した。

港に着いた回天を、うめ花は物陰から見ていた。すべての乗組員が下船したと思われる頃、土方は降りて来た。
今までに見たこともない、虚ろな目をしている。手には自分の物ではない太刀が握られている。
重い足取りで歩く土方に、どうして声など掛けられるだろう。
Γうッ...」
うめ花は、この作戦が失敗したと同時に、土方がかけがえのない者を失ったことに気づいた。
口に手を当てて、声が漏れないようにした。
建物の横を通りすぎる土方に、泣いている自分を見せてはならない。身体を建物の陰に滑り込ませると、涙は容赦なく頬をつたった。

たったひとつの希望であったアボルダージュは失敗に終わった。
だが、皮肉なことに失敗したこの宮古湾海戦は100年経った今でも語り継がれ、歴史に深く刻まれた。
これで海軍は壊滅状態となってしまった。最後の決戦にまともに海で戦える軍艦はほとんど残っていなかった。
五稜郭には重苦しい空気が流れている。榎本総裁はアボルダージュの失敗で、新政府に降伏することを考えていた。
(今なら犠牲を抑えられる。しかし降伏するとなると...)
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅