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花は咲いたか

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第六章

3月21日 午前1時 箱館を出港。
回天、蟠龍、高尾の3艦の艦長とそれぞれの指揮官以上は、手持ちの時計の時間を合わせた。
暗闇の中を3艦は太綱で縱一例に繋ぎ、静かに海を進んだ。
速度と馬力で勝る回天が他2艦を引っ張る形だ。最初の目的地は青森の鮫村だった。
Γ利三、静かだな...。海とはこんなに静かなものか?」
土方は頭上の空を見上げて呟いた。
Γはい、私も驚いています。仙台から出港した時は冬の嵐でしたから」
Γそうだな、見てみろよ、銀河だ」
土方は利三郎を促して再び頭上の星に目をやる。
Γ俺はあの世とやらはこんな風に静かな所じゃないかと思うんだ。仏教の経典には、花だの鳥だのがいて華やかだと書いてあるが」
利三郎はめずらしい話をする土方の顔をちらりと見る。土方の表情は悲しみも苦痛もない穏やかなものであった。
Γ近藤さんも沖田も山南さんも、それから藤堂も。皆こんな所にいるんじゃないかと思う。あっちの世界から俺達を見ているかもしれねえな」
こんな話をして、土方は何か覚悟のようなものを決めているのではないかと利三郎は心配になる。
Γ皆さん、ハラハラしてますよ。アボルダージュが成功するのを見守ってくれています。だから成功させて箱館へ帰りましょう」
利三郎はいつも言葉を選んで、俺を気遣って、この作戦だって一か八かの大博打だ。なのに文句ひとつも言わずについてくる。
Γなぁ利三、この戦が終わったらどうする?」
Γそうですね、嫁さんが欲しいです」
土方は利三郎の顔を見た。ちょっとはにかみながら、
Γ戦が終われば嫁に心配をさせなくても済みますから」
Γ好きな女は?」
Γいませんよ、戦が済んだら探します」
そうか、と答えてもう一度空を見上げた。
それぞれがそれぞれの思いを胸に秘め、戦に臨んでいる。俺に利三郎のような夢はあるか。今はこのアボルダージュを成功させる、そして甲鉄艦を持ち帰り...。持ち帰り?ふと、うめ花の顔を思い出した。
(あいつに土産を見せなきゃな...)
Γ副長?」
Γん?」
Γ副長には好きな女はいないんですか?」
京にいた頃の新選組時代だったら、絶対にこんなこと聞けないと思いながらちらりと土方を見る。
Γそうだなぁ、ま、想像にまかせる」
以前の土方だったら、
Γ馬鹿野郎!くだらんことを言ってる間に竹刀のひとつも振りやがれッ!」
と怒鳴られたはずだ。
Γ副長だって嫁をもらって平凡な幸せを求めてもいいんじゃないですか?もう鬼でもなんでもないんですから」
Γそれじゃあ俺が、前は鬼だったような言い方じゃねえか」
男二人の他愛のない会話が艦に打ち寄せる波の音に吸い込まれていく。星がまたたいていた。

翌22日 青森の鮫村に寄港。
ここで聞いた話では、この辺りに新政府の艦隊はまだ姿を現していない。漁師がずっと南で軍艦らしい船を見たという。ここで待っていても埒があかないので更に南下する。
しかし、空がなんとなくおかしい。風も出てきている。
Γ嫌な感じだな、見てみろよ」
と野村に言って土方は指を指す。艦の進行方向に黒く禍々しい雲が立ちこめている。
案の定、夜半から激しい暴風雨にみまわれた。海軍の乗組員は総出で嵐を乗りきろうと必死で艦を操る。
船室ではありとあらゆる物が転がり、船体はねじれ、軋み、悲鳴をあげる。
Γ副長、陸軍は何か手伝わなくていいんでしょうかッ?」
利三郎が天井から吊るした縄にぶら下がりながら叫ぶ。
Γ海で俺達に何ができる?いいんだよ、餅は餅屋に任せておけば」
土方も少しは船の揺れに慣れたとはいっても、さすがにこの揺れはこたえた。甲板で海軍の奴らが何か怒鳴っているが、耳を澄ませて聞く余裕はなかった。
嵐は一昼夜続き、明るくなって判明したことは3艦を繋いでいた太綱が切れ、各々バラバラになったことだった。
海軍が荒れた海を操りながら怒鳴っていたのはこれだったかと、土方も納得した。いまだ荒れのおさまらぬ海のどこにも蟠龍、高尾の姿は見えない。激しい雨と風で海の藻くずとなってはいないかと、それだけが心配された。
24日、嵐はおさまりまだひどいうねりを残した波の向こうに高尾の姿を見つけた時は、皆手を取り合って喜んだ。しかし、喜んだのも束の間、高尾はこの嵐で機関を破損し、このままでの作戦遂行は難しかった。
蟠龍が行方不明となっては、高尾を今のうちに修理しておきたい。
回天艦長の甲賀は、高尾の修理ができそうな港を探した。幸いここは宮古の南に位置する山田湾に近く、入港して修理を急ぐことにした。
嵐で体力を消耗したのは、海軍の乗組員だけではなかった。高尾の神木隊25名もひどい有り様であった。
土方が高尾に乗り移り神木隊を見た時、誰もが蒼白い顔にげっそりと背中を丸めていた。
(これで斬り込みができるのか?)
と不安になる。
Γ艦長、蟠龍はやはり鮫村にいますか?」
Γあぁ、その可能性はあるね。はぐれた時は鮫村で落ち合う約束だからね、無事で待っているといいが」
甲賀艦長は高尾の修理に目を向けたまま振り向くことなく答えた。
土方は内心(鮫村かぁ...)と思った。
そこへ情報が飛び込んで来た。
Γ何ッ?宮古湾の鍬ヶ崎だとッ?!」
宮古湾はここ山田湾とは目と鼻の先だった。あの激しい暴風雨で新政府艦隊と回天、高尾はぎりぎりのニヤミスで宮古湾と山田湾に逃げ込んでいたのだ。
蟠龍がたとえ無傷で鮫村にいたとしても、今から合流して再び宮古へ戻って来る時間はなかった。
作戦は変更せざるを得なかった。
Γ蟠龍はあきらめ、回天、高尾の2艦のみで決行する。甲鉄艦への斬り込みは神木隊、回天は予定通り後方支援だ」
海軍奉行の荒井郁之助は両艦長に告げ、土方には神木隊に細かい指示を出すよう促した。
(神木隊は使えるか...?)
あの嵐で神木隊は疲労が激しい。たった25名で斬り込みができるか、土方は不安だったのだ。新選組なら10人でもいけたはずだ。京以来の隊士は数名しか残っていないが、斬り込みなどという修羅場は数限りなくくぐって来た男達だ。その新選組が今は土方の手元にいないのだ。
新選組がいれば...と思うと神木隊士らに不安を悟られる。今、手元に残るギリギリの戦力を使いきるしか道はない。
敵を目前にして作戦は急転換を強いられた。高尾の修理さえもどかしく感じた。
甲賀艦長が高尾の修理から回天に戻って来た。
Γあまりいい状態ではない。使えないことはないが馬力がどうも怪しい」
と苦い顔をしたままだ。
斬り込み部隊の神木隊を乗せた高尾が満足に走行できなければ、土壇場でのどんでん返しもあり得る。
決行は明朝4時。
山田湾を出て、前方の岬を大きく回り込むと宮古湾。岬をまわり右前方へまっすぐ行けばそこが鍬ヶ崎だった。宮古湾はちょうど細長いいちじくのような形だった。
土方はチョッキのポケットから懐中時計を取りだし、ふたを開けた。
Γ物見を出せ、甲鉄艦の詳しい位置と他の艦の位置も詳しく知りたい」
甲賀が指示を出し、高尾の艦長にも伝えられた。
Γ甲賀さん、時間がない。出たとこ勝負でいきましょう」
Γしかし、それでは」
土方の提案に甲賀は思案顔だ。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅