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捧ぐ光

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 先輩はふと立ち止まり、後ろを少し振り返りながら言葉を接ぐ。
「隠れ家、そうだね。私の、心の根っこの部分を形作った場所の一つであり、最初に心惹かれた場所」
 その空間を、外から見る景色もまた、白き欠片たちに注ぐ静かな陽射しの元で、その白さを慈愛とするかのようで、私の心のなかに、自らを残す。
 この場所が、先輩に対して持っているものは、包容力、優しさ。
 振り返り、再び私の手を導き出す。
「次に行く場所もね、貴女に見てもらいたかったの。私が、私のために、必要としている場所」
 私達の歩いた後に、刻まれる轍、白きかけらの上に、しばしの存在を残す。

 釣り堀から、歩くこと数分。釣り堀の直ぐ近く。ここもまた、かつての先輩の家から近いと言う事だ。
 石橋を前に置いた、古めかしい和風の門。今日はそこもまた、白きかけらで飾られている。
「先輩はこう言う所には来てはいけないのかなと思っていました」
 私達の目の前にあるそれは、明らかに日本固有の祈りの場。
 私の、先輩との想い出の中の、大切な方から数えて三番目ぐらいまでの中に、僅かにも見当たらない、そんな場所だ。
 正直私は、正に面食らっている状態、と言う奴だ。
「来てはいけない、って事は無いかな。祈りの場に対する敬意は宗派に関係なく私は持っているし。それに、神様は自分の心の中にいるからね。そこは、貴女にもこれからは覚えていて欲しいかな」
 そう言いながら、こちらに顔を向け、右の瞳と同じ高さの左胸に、右手を添えた。
 先輩の瞳に見えるのは、引き込まれそうな透明感。
 その瞳の奥と、先輩の左手に感じられているであろう、その奥ゆかしい膨らみの奥の、信仰を思った。
 石橋の上に撒かれた、白いかけらを踏み締める。石橋の下は、川がある訳ではなく、水に見立てた、白い玉石が敷き詰められた上に、同じく白いかけらが積もっている。
 そして、古めかしい門を潜ると、そこは光に満ちていた。
 一面に敷き詰められている、白きかけらの絨毯。ここに来るまでの道程よりも、ここの光は遥かに強い。
 しかし、それでいてその光は、不思議と暖かい。
 この場所に満ちているものは、静かなる潔さと、緩やかな包容力。
 その景色に心奪われている私を、繋いだ手で導いてくれる先輩。
「こっちへ来て、特別な場所があるの」
 そう言った先輩の視線の先、門から見て少し左の位置に、小さな休憩所があった。
 先輩は、まるで自分の部屋とでも言わんばかりに、気楽にそのガラスの引き戸を開く。
 私の思っていたよりも遥かに滑らかに、扉は動き、私達をその奥に招き入れてくれる。

 後手に扉を閉めれば、そこに漂うのは、一滴の沈黙。
 五人も入れば、その狭さに心を砕く必要に迫られそうな、憩いの場。
 二人で占有するその狭さが、今はむしろ落ち着きを、二人の心の表層に落とす。
 二人手を繋いだまま、真ん中に置いてある質素な木製テーブルの向こう、窓と壁を回り込んで作り付けられた腰掛けに、角を挟んで腰を落とす。
 衣擦れの音が途切れると同時に、木々のしなる乾いた音が辺りに響く。
 そして再び、音の切れ目が訪れる。先輩は、無言で扉のガラスの向こう側を見詰める。
 しばし無音の後、響く白きかけらの落ちる音、微かに足元に響くその重み。
「雪が、屋根から地面に落ちる音も、良いよね。昨日の夜にも、ベッドの中で聴いていたけど、昼間にそれが起きるのを今日は観たかったの」
 そう呟くと、私の方を向いて笑う。
「これも、今日しか観れない風景」
 繋いだ手に、感じる滑らかさ、少しだけ、深みを増した。
「もちろん、それがここのメインと言う訳じゃなくて、今のは偶然。上手いこと観れて良かった」
 先輩の、熱を帯びた言葉たちが、二人だけの空間に、余韻を残す。
「このお寺はさ、植わっている木が全部桜なの。春には一面に桜が咲いて、それが一斉に散っていく時の、辺り一面にピンクの花びらが敷き詰められた光景が、物凄く綺麗なんだよ。今日は桜の花びらの代わりに一面の雪、これもいつだって観れる訳じゃない、今日しか観れない風景」
 白きかけらが陽射しに照らされて、輝きを強める窓の外に、視線を戻す、先輩。
「そんな春先には特にそうなんだけど、ここで勉強したり、宿題するのが好き。練習とかもしたりね」
 かつての日々の記憶が、蘇る。僅かばかりの想い出の中の、先輩の姿。
「ここって元々小学校があったんだって、だからかな、妙に勉強が捗る気がするんだよね」
 視線が移った部屋の隅に、先輩が見ているのはきっと、ここで日々を過ごしていた、自分の姿。
「ここは友達にも仲間にも話してない、私だけの秘密の場所。たまに住職さんとか、近所のおじいさんやおばあさんが来て、色々教えて貰ったりしたんだよ」
 先輩の幸せな記憶、大切な場所にしまってある想い出。限りのない無償の優しさに囲まれていた、子供の頃から、今ここに居るその姿までの、全ての先輩を思う。
 私は握った手に、心に流れ込んできた思いのままに、気持ちを込める。
「先輩がこの場所で感じて来た、優しさとか暖かさとか、先輩の心の大切な部分、伝わって来ます」
 先輩がこちらに向き直り、瞳と瞳が繋がり合う。
「ありがとう、貴女に、私がここで手に入れた宝物。知って欲しかったの」
 私は、先輩が今までに感じてきた、ありとあらゆる思いを、教えて欲しいと思う。今まで、長く一緒に居れた外なのに、居れなかった時間の分も、取り返したい。
 今、私の心の、一番近い場所に居てくれる先輩の、全てを感じ取りたい。

 二人で、ガラス戸を開ける、この空間の今日の役割は、これで終わり。
「春になったら、桜の季節にまた一緒に来よう。桜の花びらに包まれたこの場所を、貴女に見せたい」
 降り積もった白いかけらの上を、一歩一歩踏みしめながら、入ってきた門を抜ける。
 まだ蕾すら持たない、頭上の木々を見上げながら、まだ少し先の、二人で過ごすピンク色の季節を思った。

 青い空と、白い雲、程々に暖められた大気、敷き詰められた白いかけら。
 今日一日を彩る色彩、包み込む空気。
 ここまで来た道を、少しだけ戻り、大きな公園を右手に見ながら歩く。
 広い広い敷地の中で、小さな子達が白いかけらと思い思いに戯れている。
「この公園も、子供の頃に何度も遊んだよ。家から一番近い公園だったし」
 小さな女の子が二人、手を繋いで歩いているのが見えた。
 私の知らない、先輩がその子達と同じぐらい小さかった頃の、その幼い温もりを思う。
 公園が途切れると、左手に生け垣を見ながら、十字路へと近付いていく。
 十字路に辿り着くと、先輩は周囲をぐるりと見渡す。
 その瞳に宿るのは、遠い記憶の向こうを見詰める感傷的な光。
 繋いだ手に込めた力を、少しだけ増して、先輩は左前の、まっさらな雪に覆われた空き地に向かって、歩いて行く。
 空き地の正面に立ち、その足あと一つ無い氷雪の空白地を見つめながら、先輩は言葉を紡ぎ始めた。
作品名:捧ぐ光 作家名:雨泉洋悠