小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

光と陰、そして立方体

INDEX|6ページ/25ページ|

次のページ前のページ
 


 織恵が東屋のベンチに腰を掛け、タオルで濡れた服や鞄を拭いていると、こんな雨の日でも『彼』はやって来たのだ。
「うわっ……、こんな天気でも来るんだ――」
 織恵が勝手に名付けた『キューブ少年』は、彼女の存在なぞ気にせぬ様子で東屋に入って来たかと思うと私の横に座り、おもむろにいつものルービック・キューブを取り出して、にらめっこを始めた。
「晴れた日だけじゃないんだ」織恵はそう思いながら、少年をチラ見した。初めて近くで見た少年は3、4年生くらいだろうか。この年代の親戚とかがいないので何とも言いがたいが、大人でも完成出来る人が少いようなオモチャに興味を持つ辺りがイメージを作り、彼は賢そうな目をしているように見える。横顔は少し大人びた感があるがやっぱり子供だ。
 普段通り抜けるだけのこの公園、少年が毎日ここにいるのは把握していたが、雨の日も来ているのは正直把握してなかった。最も、今二人がいる東屋は死角になっており、公園を通り抜けるのだけでは見えないからなのだが。
 織恵は関係が無いことを意思表示するかのように鞄から会社説明会の資料を出して読みはじめた。雨はしばらく止みそうにない。しかし嫌がおうにも自分の横でキューブを回している少年が気になる。
 静かになると雨の音が周りの建物に跳ね返って響いた――。徒らに時間が過ぎる、雨は止まない。

「何か言いたい事があったら言うてえな」
気まずい沈黙を破ったのは少年の方だった。「さっきからここら辺に感じるねん。姉ちゃんの視線」
少年はそう言いながら自分の耳の後ろ辺りを指さした。何とも微妙な位置だ。
「あ、ご、ごめんね」織恵は不意を打たれて苦笑いをした「君が凄く一生懸命だったからさ」
「『君』なんて言い方やめてえな、こそばいわ。俺には光って名前がちゃんとありますねん」

「――何やコイツは?」

 織恵が光と始めて言葉を交わした時の第一印象だった。関西にはこんな感じで漫談口調で捲し立てるオッサンは案外どこにでもいる。実際にバイト先の居酒屋で酔客にもこの類いの人がいて、織恵が初めて関西に来た時は対処の仕方がわからずよく絡まれた。まだ自分の年の半分もないような少年に言われた口調はその時に受けたカルチャーショックが甦ったかのような衝撃だった。 
「見せ物でやってるのとちゃうんや、俺は動物園のサルとちゃうで」
 織恵は光の見た目と滝のように出てくる関西弁の勢いとのギャップに圧倒され、話の主導権を完全にこの少年に奪われた。
「ごめんね、光くん」
「わかってくれたらエエねんけど……」
 織恵は呆気に取られて冷たい笑顔を浮かべるしかなかった。光は再びいつもの動作に戻ったのだが、織恵は会社のパンフレットを広げたまま、その場で固まっていた。少年を虜にする立方体のオモチャ、見れば見るほど織恵も興味が沸いてきた。
 光はまだ横からの視線を感じていた。聞きたいのに聞けなくてモジモジしている大人の女性に自分の方から話題を切り出した。
「あのなあ、青の裏は白、緑の裏は黄色、赤の裏はオレンジ。これは決まってんねん。どう回しても中心の位置関係は変わらんのや」
 光はキューブを織恵に見せて中心の部分を指差して説明した。
「ほいで、角の部分が8個、横の部分が12個ある、揃えなアカンのはこの二種類ってこっちゃ」
「そんなの当たり前じゃない」
 織恵は光からキューブを手に取り、あらゆる方向から見つめてみた。
「でもな、それって確認せんと気にもせんような事と思わへん?」
 確かに、解りきった事はいちいち確認しない。織恵が答えようと口を開ける前に光はしゃべりだした。
「相手を制するには相手を知るべし、っちゅうこっちゃな」
 理屈が極端なような気もするが、光の言う事は間違ってない。ただ子供が言うだけに何かが変だ。
「光くんはどうしてキューブをやろうって思ったの?」
「これは俺への『挑戦』なんや。人が作ったモンやから、出来る筈やねん」
 子供らしいあまり深い意味のない力説。とにかく一生懸命であるのは織恵には伝わった。
「それで、完成したことあるの?」
「出来へんからこうやって考えてるんやんか。姉ちゃんあんまり小学生をいじめたらアカンがな」
 都合のいい時だけ小学生面する光が織恵にはズルいというより可愛く見えた。
「私、森陰織恵って言うの」
 先に自己紹介をされて自分は何者か言わないのは失礼だと思い、織恵も自分の名前を名乗った。さっき自分を『姉ちゃん』って呼んだ事にツッコミを入れるつもりで。
「じゃあ織恵姉さんやな?」
「姉さんって……?」
「じゃあ何や?実は兄さんでしたってか?」
 光は笑い出すと織恵はまたも呆気に取られて、自分の年の半分もないような少年を見ていた。関西人の話のテンポは速すぎて三年経っても追い付けない時がある。

 織恵が毎日公園で見かける『キューブ少年』こと光くんは、見た目の愛らしさとは大違いのコテコテの関西人で、彼はキューブを揃えることを『挑戦』としている事だけはわかった。二人が不釣り合いな漫才をしているうちにいつの間にか雨は上がっていた――。



作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔