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みやこたまち
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アバンチュール×フリーマーケット ~帰省からの変奏

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6.宿の二人(心象)



 湖のほとりにまどろむ男。自分は暇人で世界中を旅しているのだと思い込もうとしてみる。伝説の岩に近いペンションは、湖畔にあった。女は温泉があるというので、そちらへいった。男は『阿部一族』を紛失し、薄暮にスライスされた峰の稜線に、牧童が羊を追う姿を見ていた。牧童は生前、男の思想に興味を抱いていた。男は単純作業をこなしながら、夜になると文献漁りをしていた。
 女は露天風呂で茂みのざわめきにぎょっとしていた。樵がいると聴いていたからだ。樵は山で少女に出会うものだと女は思っていた。そして、その少女は、ずっと昔の自分なのだと空想し、その時は夜中に露天風呂に入っていてもちっとも怖くはなかったと思った。付近のかわった形の木や岩、朝焼けの風景や、雲など、少女は片端から名前をつけていたのだと思った。そしてそれは、バスターミナル前で案内をしていたあの人の空想だったのだと思った。少女はいつかどこかにやってきて、ふわふわと辺りを名づけ、時折風にフワフワと舞いながら、恥ずかしそうに、じたばたと、地面に靴底を擦り付けて歩く癖があったっけ。きっと牧童は彼女のことが好きだったに違いない。女は星を見上げて、こんな誰の夢想か知れない思いに、流されていた。

 紳士は樵と意気投合する。樵は稼ぎを少女に提供する。ただし、紳士には内緒だ。紳士は、少女の空想を具体的な言葉に翻訳できる。牧童は、紳士の知識と、樵の経済力に嫉妬するが、そんな牧童を少女は慰める。だが、この態度がさらに牧童を傷つける。少女は屈託がないので、自分の姿勢で牧童が傷ついていることに気づかない。少女を頂点にいただいた、その奇妙な三角関係は、ゆらぎながらも互いの間に憎悪を生む。
「結局、みんな同一人物だって話にしようと思うんだ」
 部屋に戻った男は、温泉から戻った女にそう話した。だが、女は今、物語よりも、現実の明日に対する興味の方が大きかったので、
「難しそうな話なのね」とだけ応えた。

 宿の食事は山菜と川魚で、ヤマメらしい魚が甘露煮になっていた。小骨が多かったが、食べられなくはなかった。男は改めて同じ浴衣をきてポソポソとぜんまいのてんぷらを食べている女を見て、不思議な気持ちになった。自分が、なぜこの女とこうして一つの宿にいて、固形燃料の燃えつきるのをそれとなく心待ちにしながら、これまでとは別の日常を生きようする高揚もなく、淡々と食事をしていられるのだろうと思った。男は女のことをほとんど何も知らなかったし、男も女に向かって、自分のこと、例えば、会社を辞めて今朝の電車に乗る大きな理由となっていったかつての恋人とのことなんかを話すつもりはなかったのだが、夜になって、静かな温泉宿に二人きりになってみると、互いの身の上話のほかには、どんな話題も空疎になる気がした。デザートの桃を小さなフォークで刻みながら、男は女に声をかけた。そして、食卓の上にならんでいた料理も、得体のしれない鍋物も、あらかた空になっているのに気づいた。
「腹へってたんだな。俺達」
「必死で食べてたわね」
 二人は笑いあった。それから互いの身の上話が始まるはずだった。
「錬金術を修めて、一生暇にしていられるだけの蓄えと、知識とを身に着けたが、かえって何もしようとしないし、何かを考えたくも無いと思う。毎日をただ、ぼんやりとひっくり返ってゴロゴロすごしているわけだが、神経というやつは、そんな風な消耗に耐えられなかった。そう。こんな消耗もあるんだなって気づいた時には、男は三つに分かれていたってわけさ。それが、牧童と樵と、紳士って訳。男は他の三人を知らない。そこに、例の少女が絡む。彼女の出自は誰も知らない。ただ、男は少女のことは知っている。樵は山の中。紳士は村の宿にいて、少女はいづくから来ていづくかへ去る毎日。牧童は山では樵を手伝い、村にいっては紳士に読み書きを教わり、少女のための木の実を集めている。男は少女の夢を見ているだけだった。現実には存在しないだろう少女の後れ毛の振るえまでも鮮明に網膜に焼き付けるかのような夢を」