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みやこたまち
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アバンチュール×フリーマーケット ~帰省からの変奏

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5.宿を求める二人



「狭い宿で男が固くなっている。ときおり体を震わせている」
 男は、存外人手のある終点の町で、その日の宿の案内を求めながら、ただ山の中だというだけで、かつて読んだ小説の筋を思い出した。
「突然発作をおこす。あくる日、宿の部屋は無人となり、一切が白く光って見える。宿の人々と村の人々は男を捜す。だが、男の手がかりは、断崖のぬかるみで消えている」
「お釈迦様が涅槃に入られた時に最後に踏んだ足跡が残っている岩が、山の頂にあるんですが、それはミヤンマーかどこかの伝承の縮小再生産物なのです。って、ロータリーの観光案内所にいた黒ぶち眼鏡の女の人が言ってたの。そこに宿もあるって」
「男の部屋は、そのまま布団部屋となる。階段のすぐ脇で日当たりもよくない部屋だったので、それで問題は無かったのだが、その男になついていた宿の少年が、布団部屋となったかつての男の部屋へ入って、男のことを考えている。なぜ、男は、死ななければなかったのだろうか。と」
「そんな感じの山なんで。山頂に三角の岩があって。山全体が人工物なんだっていう風に売り出そうって話もあって。土器とかも出たし。だけどいろいろ騒動があって、温泉も駄目になって。で、足跡に見えなくも無い凹みがあったんで、お釈迦様の足跡だって地味めに宣伝してるんですが。足跡に見えますよ。三歳児くらいの。だって。おもしろそうじゃない?」女はおもしろそうに言った。「さあてね」と男は言った。
「少女は山の頂上からやってくる」と女が言う。
「それ、続きなの?」と男が尋ねる。女は黙ってバス停の錆びた時刻表を指差す。鉄筆で引っかかれたメモらしき痕跡。だが判別がつかない。
「牧童が彼女を見つける。彼女は楽しそうに駆けていたかと思うと、裸足になって泥の中を歩いてみたりしている。見ているだけで、何となく楽しくなる。牧童が村へ案内する。この牧童っていうのが、さっきの案内所の女の人の小学校の同級生なんだって」
「それは、モデルになっているって事かなそれとも、実際に、その、牧童なの?」
「森から樵がやってくる。樵の薪は評判がよく、炭焼きの技術も優れている。おまけに一日中よく働く。無口だが、信頼のおける人物だ」「随分と褒めるね。いまどき、樵、で食っていけるのか」
「今夜泊まるペンションの主人」
「樵?」
「だって」
「ペンション?」
「だって」
「へぇ」と言って、男は文庫本を取り出す。森鴎外『阿部一族』