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赤い涙

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7.色とりどりの墓標



夜になって、昂は道端に倒れているところを発見され、病院に搬送された。風邪気味だった昂は長時間雨に打たれて肺炎を起こして重篤な状態に陥っており、ほぼ一週間生死の境を彷徨った。
やがて、危機的状況を脱した後も、昂はこの事について何も語ることはなかった。
ただ、退院した昂はその遅れを取り戻すかのように猛烈に勉強を始め、進路調査票には志望校を海外の大学の工学部と記入した。

―春、樹が愛でていた花がまたあの場所に咲いた。しかし、家はもうそこには存在していない。何もないその場所に、色とりどりの草花が、樹がいた時と同じように咲き誇っていた。
それは昂には樹の墓標のように映った。

 そして、その場に佇んでいると、そこに安田が通りかかった。
「珍しいな、お前が花見てるなんてな。」
「俺かて、花ぐらい見るわな。」
「お前、最近めちゃくちゃ勉強してるらしいな。お前もしかしたら、振られたんか?」
安田は昂が否定するのを見越して、茶化してそういったが、昂は安田の言葉を聞いて素直に頷いた。それを見て安田の方が逆に驚いた。
「ホンマか。」
「ああ、思いっきり振られたわ。んで、この花な、その子の好きやった花なんや。」
「お前それ、めちゃくちゃ未練やん。」
昂のそんな返答に安田は吹き出しながら昂にそう返した。
「そうや、あんなピュアな子、他にはおらん。たぶん一生忘れられへんわ。」
それに対して昂はそう答えた。
「それ、どこの娘や。」
「うん?ここの娘。」
昂は足で地面を踏み締め下を指さした。
「へっ?」
「半年前までここに住んどった。」
「引っ越したんか?」
「引っ越し?そうかもな。もう絶対に会われへんとこに引っ越した。」
(そうや…元の時代に引っ越ししたと思た方が気持ちも軽なる。)
「それ外国?それでお前、彼女に会うために余計に勉強し始めたんやろ。」
「いや、外国ちゃうねん。外国やったら、どないかしたら会えるやん。」
「じれったいな、どこやねんな。」
謎解きを促すような昂の口調に、安田は少しいらいらしている様子だった。
「天国…俺と会うたときから、その娘はもうあんまし長なかったんや。そんで、その子が死んだあと、その娘のお兄さんはここの家つぶして、自分の生まれたとこに帰った。」
しかし、さすがに未来とは言えず、昂はそう答えた。今はまだ京介すら生まれていないのだから。それならば樹は今、天国で生まれてくるスタンバイをしているのだと昂は思いたかったのだ。
安田はハッとして昂を見た。昂はずっと無表情なまま、その花を見続けていた。
「ゴメン。」
「何で、謝んのや。」
「俺、無神経なこと言うたなと思て…」
「別に。俺が勉強してるのはホンマに勉強をつづけたらまたあの娘に会えるかも知れんと思てるからやしな。」
(俺がこれから研究して行ったら、その先に樹ちゃんがいるような…そんな気がするんさな。)昂はそう思っていた。
そして、(そうか…ものすご勉強始めたんは、その娘と同じような病気の子を治すために、医者にでもなろて思てんのやろな。いけ好かん優等生がガリ勉始めよったなと思とったけど、ええ奴やないか。根元、頑張りない、応援しとるぞ。)安田からはそんな心からの“エール”が聞えた。(ありがとう、頑張るわな、安田。)昂は“声”が聞える事を初めて嬉しいと思えた。
「なぁ、安田、お前意外とええ奴やな。」
昂は安田にそう言った。
「何やねん、いきなり。“意外と”は余計や。俺はホンマにええ奴なんやに。」
「ホンマ、ええ奴や。けどそれ、自分で言うたらあかんがな。」
「自分で言わんな誰も言わんやろが。」
そして、昂と安田はお互いを小突きあいをしながら大笑いした。

               ― 了 ―













作品名:赤い涙 作家名:神山 備