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赤い涙

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3.消えた?


 
それから、昂は毎日樹と顔を合わせるようになった。樹は本当に正確で、同じ時間に必ず水を撒く。昂はそれに合わせて家を出るようになった。
 (俺、何やってんやろ。)通りすがりに挨拶をするだけなのに、昂は毎日ドキドキしながらその時間に合わせて行動している自分に自分で呆れていた。
相変わらず樹の心は全く読めない。しかし、全く読めないと言う事実が却って昂の心をかき立てていたのだ。
 昂にも今まで気に入った女の子がいなかった訳ではなかった。しかし、気に入ってしまうと、彼女の気持ちが知りたくなる。そして、その娘の心の中を覗いてしまったら最後、急速に気持ちは褪めていく。誰も完璧な人間などいないのだ。そんなことなど分かり切っているはずなのに、心の中の裏腹を見てしまうと、もう駄目だった。
 そして、土曜日、本来なら休みのこの日にも昂は笹川家の前を自転車で訪れた。休みのこの日なら、彼女の時間が許せば話もできるからだ。
果たして、その日も樹は曇り空で今にも泣きだしそうだというのに、いつも通り庭に下りて来た。
「おはよう。」
「おはようございます。」
樹は相変わらず無表情でそう答えた。
「雨、降りそうやね。」
昂のその言葉にもお構いなしに樹は庭の草木に水を与える。
「な、君いくつ?」
「十七歳だと聞いてます。」
彼女は自分のことなのに、他人事のようにそう答えた。(あ、そうか…記憶ないんやったっけ。)
「へぇ、同い年やん。ほんなら学校どこ?」
「学校?学校って何ですか。」
樹はその質問に首を傾げた。
「あ、ゴメン。記憶がないんやったらどこの学校行ってたかも忘れてるわな。」
一応そう言ったものの、樹の言い草はまるで学校の存在自体を知らないと言っているようだった。
「謝らなくてもいいです。事実ですから。」
そう言った時、樹が照れて笑ったように昂には思えた。

 「樹、雨が降ってきそうだ、濡れると良くない。中に入りなさい。」
その時、京介がそう言いながら庭に出て来た。
「はい。」
樹は、頷くと自身の兄の許に歩いて行った。そして、京介はそんな樹の肩を抱き、家の中に入ろうとしたのだが、そこに昂を見咎めるとあからさまに不快だと言うような表情をしてこう言った。
「また、君か。今日は何の用だね。」
「あ…あの、通りかかっただけで…」
昂はしどろもどろになってそう返した。
「通りかかっただけか、まあいい。」
それに京介は鼻で笑ってそう答えた。その時、昂の頬に雨粒が当たったので、彼は空を見上げた。
「やっぱり降ってきたか。早く入ろう。」
京介はそういうと、さっさと樹の肩を抱いたまま家の中に入って行った。何故だか、ひどく慌てている様子だった。(そんなに慌てるほどの雨ちゃうやん。)と昂は思った。
一人取り残された昂は別にどこに行く予定もなかったので、そのまま元来た道を帰って行った。

 そして、週が明けた月曜日…昂はいつも通りいつもの時間に家の前に来て驚いた。
家の前に来てというのは正確な言い方ではないかもしれない。なぜなら、土曜日まであった家は忽然と姿を消してしまっていたからだった。
(俺、今まで夢見てたんやろか…)
昂は家のあったと思しき場所に、茫然と自転車を停めて立ち尽くした。


作品名:赤い涙 作家名:神山 備