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らふまにのふ

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幻想的小品集 第1番 エレジー



もう通い慣れたと言いたいところだが、何度来ても嬉しい場所ではない。病室に入ると、いつも同じ姿勢で寝ている妻がいる。看護師が褥瘡防止のために姿勢を変える以外、動けないのだから同じ姿勢になるということだ。体の筋肉がどんどん動かなくなる病気。それでも心臓は動いているのが皮肉なものだ。もうかなり前から言葉は出ない。もうかける言葉もむなしい。次第に語る言葉を無くし、ただ側にいてテレビを見て過ごし、ある程度時間が経ってから帰るだけだった。

病院から家に帰るための一駅、ふと反対の路線に乗ってみようと思った。乗り換えのために階段を上る時には、その思いは、そのまま蒸発してしまおうとさえ思える程だった。

丘陵と丘陵の間を電車は進んで行く。線路と丘陵の間に申し訳程度の畑とびっしりとならんだ住宅が見える。似たような駅をいくつか通り過ぎると、丘陵が近くに見えるようになった。それでもまだ住宅は多い。さらにいくつかの駅を通り過ぎ、なんとか谷という駅名のアナウンスに私は衝動的にここで降りてみうと思い実行した。

改札を出ると右に行く人々とと左に行く人々がいる。私は人数の少ない方の出口に向かった。階段とスロープを上りきって外に出たときにその違いがわかった。駅前に商店街のある出口と丘陵がすぐ目の前にある出口、目の前の丘陵を見て自分の気持ちにあった出口を選んだものだと思う。

自転車置き場を過ぎ、横断歩道を渡るとそこからもう坂道になっていて、大きな地図の案内板があった。かなり広い範囲が公園に指定されているようだ。バードサンクチュアリというゾーンがいくつもある。緩やかな舗装道路と急坂の細い山道。当然のように私は細い山道を登り出す。近いところでチチチ、チュルルと野鳥の鳴き声がする。枯れ葉の匂いは心を落ちつかせ、思っていた以上の勾配に私は息が切れているのにどこか気持ちよさを感じていた。

少し傾斜がゆるくなって、周りの樹木も多くなってきているなぁと思っていた時、バサバサと鳥の羽の音が聞こえた。音のする方を見ると、山鳩と思える鳥が転げるように藪の中で動いていた。明らかに異常な動作だった。羽音が止んで、静かになった。私はそうっと近づこうと思った。それでも音が聞こえたのだろう鳥がまた羽を動かした。逃げようと思うのだが、飛べない。羽を動かす緩い動作がそんな感じだった。そしてあきらめたように鳥は静かになった。

このまま去った方がいいのだろうと思ったが、私はさらに鳥に近づいていく。枯れ葉の吹き溜まりに半身を埋めて鳥は少し痙攣するように小さな動きをしている。私は何をしに近づいてきたのだろうと瀕死の鳥を見て思った。鳥はもう完全に逃げられる状態ではなかった。何か毒のものを食べたのだろうか、寿命なのだろうか。さらに近づいてしゃがみ込み、私は持参していたペットボトルのお茶を手のひらに零し、鳥に飲ませようとした。鳥の目はまだ生きている目だったが、嘴が動くことはなかった。

鳥を枯れ葉の中に置き、少し乱れている羽を整え、やさしく撫でた。(おれは、こんな所で何をしているのだろう)そう思いながらもしばらく動く気になれなかった。もう何もしてやれることは無いと思っている妻に、何かしてあげることはないだろうかと思った。もう蒸発したいと思っていた筈なのに。

黒い天井が始終頭の上にある、そんな状態だった最近の自分だったが、ここに来てから少し天井が上にあがり色が薄くなった感じがした。

鳥の嘴が少し動いた。それが止まって鳥の目が死んだように思えた。私は鳥を枯れ葉の中に深く埋め、枯れ葉を集めて被せた。

いつの間にか太陽は沈みかけていて、寒さを感じて、立ち上がった。と同時に携帯の着信があった。妻が入院している病院からだった。

作品名:らふまにのふ 作家名:伊達梁川