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らふまにのふ

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前奏曲 嬰ハ短調「鐘」



待ち合わせの時間までは少し時間があった。改札前での待ち合わせだったのだが、駅前の広い通りの向こうに見えた緑に惹かれて横断歩道を渡り出した。渡り終えると線路脇の土手に沿って緑道が続いていることがわかった。朝の10時、初夏の太陽はもうかなり高い位置にあって、さあどんどん活動しなさいといっているようだった。植物たちはせっせと光合成をして、酸素を吐き出しているのだろう。気のせいか空気が濃いような気がした。このまま歩いて行ってみたい気がしたが、待ち合わせの時間が近づいている。

ぐぁぁ~~~ん くぁあ~~ん ぐぁぁ~~~ん

すぐ近くで大きな鐘の音がして、私は音のするを見る。緑に気をとられて知らずにいたが、大きな教会があるのを知った。同時に携帯に着信があった。
「着いたよう、どこにいるの?」
「あ、駅前暑いから木陰に来ている。鐘の音が聞こえる?」
「うん」
「その近くにいるんだ。今、そちらに歩いてくね。あ、見えた」
彼女が私を見つけて軽く手をあげたのが見えた。信号が青に変わって人々が歩き出した。

私は横断歩道の手前で彼女を待つことにした。まだ鐘の音がしていて、その中を白を基調としてアクセントにピンクの色の服装で、まるで映画の主人公のように彼女がゆっくりと近づいてくる。こんなシーンを味わうのもいいものだと私は嬉しくなった。
近づくにつれ彼女は私の視線を意識して少し照れたような笑顔を見せる。

「階段を上りかけた時に、鐘の音が聞こえてきたよ。あ、止んだね」
「俺、すぐ近くで鳴り始めたのでびっくりしたよ。ほら、あそこに教会がある」
「教会って行ったことあるの?」
「ない。町の小さな教会しかみたことない」
「じゃ、行ってみようか」

「信者でもないのに入ってもいいのかなぁ?」という彼女の声に、周りの人々と観察したが教会には誰でも入れるように見えた。彼女がためらいで歩みを緩めたせいで、後から来た人が避けて通りすぎた。私は彼女を促すように肩に手を置き軽く押した。思いがけず感じた肩の丸みと柔らかさに、私は思い出した感覚に対しての喜びと病院で寝ている妻に対し罪悪感のようなものを感じながら教会の中に入った。

ミサはもう始まっていた。すでに座席は埋まっていて、かなりの人々が立って聞いていた。清らかな歌声の賛美歌が流れていて、神父の教えというか話が聞こえる。私はちょっとした好奇心くらいの気持ちだったが、彼女は真剣に話を聞いているようだ。今日の目的である美術館での鑑賞時間は飾られている数から考えて30分で十分と思えたので、私はそのまま彼女が動き出すのを待った。

話のひと区切りがついて、彼女が私を見て何か言った。たぶん「出る?」と言ったのだろう。私が頷くと彼女が側によってきた。汗混じりの匂いだろうか、少し甘くどこか懐かしいようなその匂いに、私は「誘惑と罪悪」という名前をつけた。

ぐぁぁ~~~ん くぁあ~~ん ぐぁぁ~~~ん

心の中で鳴っている鐘の音、それは警告の音かもしれないし、歓喜の音かもしれない。まだ大きな出来事は何も始まっていないし、何も終わっていない。そう、これは前奏曲。



作品名:らふまにのふ 作家名:伊達梁川