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『エターナル・本部室』　一月二十四日


　本部室の中には入りきれない程のスタッフが詰めかけている。今日は立食パーティーがこの部屋で行われていた。太田が代表して部屋中央のマイクを握ると、朗らか声で話し始めた。
「まずは、愛里くんおめでとう！　丈夫な子供を産んでくれよ」
　本部室に盛大な拍手が起こった。
「そして海人。義父さんに殴られる覚悟は出来ているかな？　歯を食いしばって置いた方がいいんじゃないか？」
　太田は楽しそうに社長と海人を見る。
　本部室には主な顔ぶれが全員集まっていた。今日は地下施設開放の記念すべき日だ。未来の人類の為とはいえ、強制的に子孫を残すという施設の在り方は間違っていると社長も認めた。
　超人類の夢は白紙に戻ったが、本来自由に相手を選び、子供を作ることこそが人間の自然な姿なのだ。
「海人くん。本当は助走をつけてブン殴ってやりたいところだが、生まれてくる孫に免じて祝福しよう。そのかわり、娘をエターナルで一番、いや地球で一番幸せにしてくれよ」また大きな拍手が起こる。エターナル独立以来見せたことのない笑顔で、全員が祝福していた。
「社長、いや、お義父さん、ありがとうございます。愛里さんを絶対に幸せにしてみせます！」
　那智博士と舟木はうんうんと頷きながら涙ぐんでいた。
「さて、皆さん。エターナルの設備も順調に稼働を続けています。広島市は原子爆弾を落とされた後、七十年は草も木も生えないと言われていました。しかし驚くほど早く植物も生え、街は立派に復興を遂げたのは皆さんもご存じだと思います。我々は決してあきらめません。将来的にＬ・Ｄ・Ｆが必要ない世界になるまで、力を合わせて頑張りましょう！」　太田の演説で全員の心がまたひとつになっていく。
「地下施設はシステムを改良し、当面は身体の不自由な老人の介護や、妊婦さんの出産などに利用したいと思います。また、有事の際は弱いものを優先して避難させます。……みなさん、『ノアの方舟』はこのエターナルなのです！」
　全員が惜しみない拍手を送った。
「最後に、ここにいる幸せなカップルに私からプレゼントを贈りたいと思います」
　太田は海人と愛里を交互に見ながら、ポケットからいそいそと何かを取り出した。
「なんと！　道後温泉にある高級旅館に一泊二日の旅です！」
「ちかっ！」
　颯太と美奈はくすくす笑った。
「そこ、近すぎるって笑ったな。将来結婚したらおまえらもだぞ」
　会場が爆笑の渦に包まれた。


　颯太らの活躍によって、地下施設はついに解放された。
　掃除人に降格されたたかしと斉藤、そして太一の友人も救出され、エターナルで自分に合った仕事を見つけた。
　たかしは鈴木ひとみを探し出して、両者合意のもと籍を入れると、晴れて父親になった。斉藤はというと、さりな支配人の猛烈なアプローチに根負けして、今では幸せに仲良く暮らしているらしい。
　竜崎はＭＩＣを解雇され、高松刑務所に収監された。
「僕は間違った事は何一つしていない！」
　これは、収監前に彼の叫んでいた言葉である。
　施設にいた２０００匹以上のカメレオンたちは、颯太により“消去システム”を全て取り外された。彼らは本来の特性を生かして、エターナルの外にいる生存者の発見、及び通信手段に用いられる予定だ。
　冷凍装置の子供達は安全に解凍され、エターナル国民として迎え入れた。安全と思われる動植物も同時に解凍されて、それぞれが一番適当と思われる場所に移された。エターナル動物園にいる動物は、ほとんどがＣ-ブロックから運ばれたものだ。
　ＭＩＣ社長の吉永茂はこの機会に代表職を退き、舟木とともにエンターテインメント会社を立ち上げた。なんでもエターナル国民を熱狂させるアイドルユニットを作るらしい。このユニットには美奈も誘われたが、颯太がすねたので止めたらしい。
　太田は数日前、ついにアイリーンにプロポーズした。
「ありがとう！　もし浮気したら、今度は外さないわよ」
　彼のプロポーズに対するアイリーンの返事は恐ろしいものだった。、
　地下施設の住人はほぼ全員保護されたが、唯一『太一』だけは未だに見つかっていない。まだ施設の中を逃げ回っているとか、彼の子供を授かった女性の誰かが、密かに匿っているとか噂されていた。
　Ｌ・Ｄ・Ｆは順調に稼働を続け、将来的にも電力供給に問題は見つかっていない。だが世界はまだまだ灰色の雲に覆われ、平均気温は下がり続けている。エターナルの外の世界で現在生き残っているのは、地衣類と苔類のみという計算結果が出ていた。
　他のシェルターに逃げ込んだ人々の生死は、今は誰にも分からない。
　だが、少なくともここには安息の地があった。この小さな島型の『Ｎｏａｈの方舟』は、新たな人類が旅立つ最初の出発点なのかもしれない。

【平和は力では保たれない。平和はただ分かりあうことで、達成できるのだ】
　Peace cannot be kept by force.It can only be achieved by understanding.
　アルベルト・アインシュタイン（Albert Einstein　１８７９年‐１９５５年)?