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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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脱出


『地下六十階』 十二月二日 


「颯太、いるか?」
 俺は颯太の部屋を訪ねた。ドアを開くといきなり颯太とサラが何やら言い争っている場面に出くわした。
 何やらただならぬ雰囲気を感じ、思わず大きなサーバーの影にそっと隠れてしまった。声は少し反響して聞こえにくいが、聞き取れない程ではない。
「……颯太、あなたに言われた通り手に入れたわ。約束は守ってくれるわよね」
 サラは何か金色に光るものを机の上に置いた。
「いつまでに返せば?」
 颯太のこんなに冷たい声は今まで聞いたことがない。
「明日の夜までよ。最初で最後のチャンスね。二つ持ち出すのが限界だったわ」
 少し痩せたのか、彼女の憔悴した顔が見える。
「あなたでも、オリジナルを手に入れることがどれだけ難しいかは想像がつきます。では約束どおりこの二つを使いますが、本来送られるべき人のデータを書き換えることになります。覚悟はよろしいですか?」
「ええ。私と夫は生き残る権利があるのよ。私がこの施設を完成させるのに、どれだけ貢献したと思っているの?」
 興奮した声で言い放ちながら、目にかかった髪を乱暴に払いのける。
「そうですか。では――生き残るはずだった二人の人間が、犠牲になってもかまわないって言うんですね」
「はん! かまわないわ。当然よ」
 きっぱりと言い放った。代わりに二人の人間を結果的に殺すという事に、彼女は気付いているのだろうか。
「わかりました。ところで、こちらにも条件があります。僕にもひとつマーカーが必要です。あなたに渡すマーカーの、どちらかひとつを頂きたいのですが」
「ちょっと! 私がこれを手に入れるのに、どれだけ危ない橋を渡っていると思うの? 私と夫で二つ。譲る気はないわ!」
 顔を紅潮させてカン高い声で叫ぶ。美しい顔が逆に凄みを増して、まるで悪鬼のようだ。
「では仕方ないですね。この話は無かったということで。――でも書き換えは僕しかできませんよ。選民プログラムのバグをやっと見つけたんです。アタックは一回のみ。しかも一分間しかアクセスできない。この短い時間でデータ書き換えができる人が、他に居ればいいですけどねえ」
 颯太は冷たく突き放すように言い放つ。
 俺は自分の耳を疑った。選民プログラムのバグを颯太が見つけていたこともそうだが、サラが颯太を利用していたということに。
 しかし、マーカーをひとつ手に入れて颯太はいったい誰に?
 長い沈黙のあと、サラは細く引き締まった両手を挙げて降参のポーズをした。
「……あなたの勝ちよ。その条件を飲むわ。“しょせん夫なんて”他人ですものね」
 吹っ切れたような顔に戻り、ここは禁煙なのに煙草に火をつける。
「では、書き換えは明日の正午に行います。Noah2の電源が、外部電源から内部電源に切り替わる一分間が勝負です。作業が終わったあと連絡しますので、ここに取りに来てこれを元の場所に必ず返しておいてください。うまく行けば数日後には、あなたにマーカーが届くでしょう」
「そして、あなたにも届くのよね。本当に頭が良くて、憎たらしい人。核戦争後にまたこの施設であなたに会えたらいいわね」
 唇の端を吊り上げながら、颯太の飲みかけの珈琲の中に煙草をポイッと投げ入れると、反対側のドアから消えて行った。
「それは……無理だな」
 しばらくして颯太が小さい声でつぶやいた。
 確かに颯太がそう言ったのを聞いたのだ。一体どういう意味なのだろうか……。颯太がトイレに立つのを待ってから、俺はそっと部屋を抜け出した。
 頭を整理して、明日改めて颯太を訪ねてみることにした。



『永田町 赤坂見附交差点付近』 同日


 総理大臣付きの官僚である深川は、赤信号の先頭で止まっていた。
 今日は急に総理に頼まれた用事で、横浜まで書類を届けなければならない。いつもならもっと下のものに頼むのだが、極秘の書類ということもあり深川一人で届けることになった。いつもここは渋滞するのだが、今日は比較的空いている。
 信号はまだ赤のままだ。助手席のスーツケースの位置を直し、ふと目を上げた。右前方に目をやると、対向車線から赤信号にもかかわらず猛スピードで大型トラックが突っ込んでくる。そのトラックはまるで何かを見つけたように急に向きを変え、まっすぐこちらに向かってきた! もう距離は数メートルもない。
 深川は慌ててアクセルを踏んだが、ニュートラルに入れていたためエンジンが空しく唸り声をあげただけだった。だがドライブに入っていても、このわずかな時間では間に合わなかっただろう。運転手と目が合った直後!
 交差点に、普段耳にする事のないような金属の擦れるもの凄い衝突音が響く。
「キャアアアア!」
「トラックが信号待ちの車に突っ込んだぞ!」
 その時、彼の視界は真っ赤に染まっていた。
 エリート街道を歩いてきて初めての、文字通り暴力的な力にあっけなく、その優秀な脳細胞は押しつぶされてしまった。
「そうかあ、バレていたんだな」
 最後の瞬間になって、妙に納得しながら彼はただの肉の塊になっていった。
 その日の新聞の片隅に、この事故は小さく載っただけだった。乗用車、トラックの運転手とも死亡と。
 目撃者の証言の中にはトラックの運転手はぴんぴんしていたと言う人もいるらしいが、今となっては謎である。そして、そのトラックは当然のように盗難車であった。
 その夜このニュースを新聞で知った愛里は、太田と会議室にいた。
「メモリーカードから分かった名前に、防衛大臣と広域指定暴力団幹部の名前があったわ」
「うむ。実行犯はその関係者と考えた方が自然だな」
「お母さんが知った秘密は、政府に消されるほど重大なものだったのかしら」
 愛里の眼は、悲しみと理不尽な暴力に対する怒りに静かに燃えている。
「国民の指紋とかよりも政府関係者専用シェルターの方だろうな。日本国民が知ったら政府に嫌悪感を抱くし、パニックになるだろ?」
「そうね。それだと防衛大臣が黒幕だって話は納得できるわね」
「深川さんには本当に申し訳ない事をした。だがな、仇は必ずとってやる。敵はとてつもなく強大だが、ダメージを与える方法はある」
 彼の眼に強い光がらんらんと灯り出す。
「エターナルが国家の立場から、この秘密をマスコミに発表するのね」
「ああ。政治的に弱り始めている日本国に、更にこれで追い打ちをかけられれば……」
「政治的交渉も、今までより優位に立てるかもしれないわね。防衛大臣の失脚ともなれば、お母さんの無念も少しは晴らせる」
 愛理の表情にも決死の決意のようなものが走る。
「だが、危険もある。向こうは治安出動に妙に積極的だ。自衛隊を動かして国民感情を扇動し、問題自体をうやむやにする可能性もある」
 二人は同時に首を動かし、壁に投影されている人類の持ち時間を見た。
『541:55:26』
「時間との勝負だな。核戦争が起これば、交渉自体が無になる。だが、日本国にシェルターがあることを発表することには、もうひとつ効果があるんだ。それには二十五日の情報も付け加えないと効果は薄い。もちろん同時にエターナル国民にも伝えねばならない」