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プールの魚

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 母校のプールに魚が泳いでいた。
 色の鮮やかな熱帯魚たちだ。
 あまりの物珍しさに、僕はプールサイドへ小走りでかけよって水中をうかがった。
 チョウチョウウオの黄が目に入った。底でたゆたっているのはミノカサゴの桃色だ。クマノミの橙がイソギンチャクを探しまわっている。ナンヨウハギの青が回遊している。ハタタテダイのモノクロがペアとなって小さくぐるぐると回っている。
 はたと気づく。
 あれ、この子達、海の熱帯魚じゃない?
 僕は水に手を伸ばして指先をぬらし、その滴を舌にのせた。
 塩素の味がする。
 変なの。塩素のプールの中に海の熱帯魚が泳いでら。
 あっ、そうか。これは夢だ。
 少しがっかりしながら周りを見渡す。母校のプールと言っても、高校や中学のプールじゃない。小学校の25メートルプールだ。1コース分だけ低学年用に浅いプールになっているから間違いない。それにプールのすぐ隣には校庭があるし、コンクリートとアスファルトで固められた「やま」と仇名される遊具もある。
 そう言えば「やま」は僕が高校生の時にPTAが、危ない、と頑なに主張して取り壊してしまったし、最近は25メートルプールが室内シャワー付きで改装されたと聞いた。なのに僕の目の前には在校生だった時のままの風景が広がっている。南京錠式のトタン小屋更衣室が懐かしい。
 あ、と僕は手を打った。
 何の脈絡もなくプールの中に熱帯魚が泳いでいると思っていたけれど、それに関連した思い出もあったんだっけ。
 僕が六年生の時の事。熱帯魚ほどの派手さはないが、確か五年生が春から夏の手前までの間で、ニジマスの養殖をやっていたんだった。あれ、イワナだったかな。どうも記憶があいまいだ。とりあえず川魚だったのは確かだ。
 あの時の五年生は夏の手前で、川魚達と一緒にプールで泳いだと聞いたから、すごく羨ましかったものだ。魚達と一緒に泳ぐなんて、アニメか映画でしかお目にかかれない珍しい体験じゃないかって。
 もしかしたらこの夢は、僕のかつての欲望を満たせと言っているんじゃあるまいか。
 川魚の代わりに熱帯魚とは、何とも憎い過剰演出だ。これは是非とも飛びこんで、優雅に遊泳としゃれこもうじゃないか。
 しかし、と僕は逡巡する。
 何かに追いかけられたりしないだろうな。
 僕の夢というものは、時としてティラノサウルスが追いかけてきたり、新幹線がごろごろと転がってきたりして逃げだす羽目になるのだ。そういう時の終わり方というのも様々で、どこかに隠れてビクビク震えていたら目が覚めたり、プチッと潰されたりパクリと食べられたりしてから、ウワァー、と目を覚ましたり、突然せり出してきた崖に落っこちてグシャアとなったりする。
 熱帯魚の中に喜んで飛びこんだら、どこからともなくジョーズばりの巨大ホオジロザメが現れて、命がけの追いかけっこをすることになるかも知れない。または校舎の方から恩師が現れて「また勝手にプールに入りおってぇー!」と怒鳴りながら追いかけてくる可能性だってあるのだ。我が夢ながらひどい展開である。
 えぇい、ままよ、と服を着たまま飛び込むことにした。
 がちっ、と足裏がプールの底を叩いた。痛い。水が無くなっている。すぐ側でピチリとミノカサゴが跳ねて、僕は慌てて後ずさった。ミノカサゴには毒針があるのだ。剣と呼ばれる武器もある。おっかない。
 他にいるミノカサゴを踏んづけてしまわないか気をつけながら、僕は慎重に後ずさった。その時、何やら柔らかいものを踏んづけた気がした。
 しまった! 僕はその先を考えないようにしなくてはいけない! このパターンの夢は何回も見ている! なんでだ、なんでなんだ! ここはプールの中だぞ。なんで干潮時の砂浜に潜んでいるおっかないアイツに刺されるパターンになるんだ! あぁぁああっ! 思い至ってしまった。ブシュリと素足を貫通する音がする。恐る恐る足元を見ると、そこには尾を振りあげて僕の足を指し貫いているアカエイがいる。どう考えてもおかしいだろ。痛い。僕はあまりの痛さにうわあああと叫んで、ガタガタ震えて、助けを求めてキョロキョロと周りを見わたした。
 目が覚めた。
 僕はドラえもんのどら焼きクッションに顔をうずめていた。片足が布団からはみ出て冷たい空気にさらされていた。
 ひどい夢だった。
 グレープフルーツの後味のような苦みを舌の根元から感じる。
 時計を見ると午前五時。日付を確認して、今日は友達と街に繰り出す日だと思い出せた。
 僕はクッションを脇に抱えたままベッドから抜け出して、洗面所でうがいをして水を飲んだ。玄関の上の採光窓から空を見て、その青さに一息つく。
 本当にひどい夢だった。はて、具体的にはどんな夢だったんだっけ。
 忘れてしまった。
作品名:プールの魚 作家名:小豆龍