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LEONE

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<その女、サボり魔につき……>



「いいのですか?」
「良くは……ないでしょうね」
「なら早く帰った方が良いのでは」


若きボスはため息をついた。

彼女は隣のシマを牛耳るマフィア、レオーネファミリーの幹部の筈なのだが、数分前突然此処へ現れた。息を切らして来たので何事かと問えば、ただのサボりだと言う。

レオーネにはサボり癖のある者がいると聞いたことがあったが、彼女がそうだったのかと、若きボスはまた溜息をついた。


「あら、心配してくれるの?大丈夫よ」
「怒られますよ?」
「此処ならバレないはず」


ある命知らずの組織が、二つのファミリーに喧嘩を売ってきたのが始まりだった。
それから女の方が懐いてしまったらしく、度々遊びにくるようになった。

しかし、若きボスは、女のことをよく知らない。わかっているのはレオーネファミリーの幹部だということと、名前くらいだ。


時は十分程遡り、レオーネファミリーのアジトの一室。

そこには柄の悪そうな男達と、どんよりとした重苦しい空気が溢れていた。そこにいる男達は年齢も人種も様々である。共通点は黒服を身にまとっている事と、明らかに堅気の人間ではない雰囲気をそれぞれ持っていた。


「クラウンさん、これなんですが」

小柄な男にクラウンと呼ばれたのは、このような場所には到底似つかわしくない、他の男たちとは全く異質な雰囲気をまとった碧眼金髪の美女であった。
ぱっと見だけならば良家の令嬢を思わせる清楚な顔立ちをしているが、切れ長の瞳には何か不思議な強さを感じさせる。

頬杖をつきながら紅茶を飲んでいたクラウンの前に、小柄の男は大量の書類の束を置く。


「それは……あーっと、私の仕事なのかしら?」
「そうですよー、他に誰がやるってんですか」

クラウンは微笑を浮かべて、そうなのと一言云うと全速力で走り去ってしまった。
それは一瞬の出来事で、小柄の男は何が起こったのか一瞬理解ができなかった程だ。


「ク、クラウンさんがまた逃げましたァアア!」

遅れて小柄の男がそう叫ぶと、近くにいた仲間たちが声を上げた。


「何逃がしてんだマヌケ!」
「わかりきってることだろーが」
「馬鹿だな、お前」
「あーもうダメだわ」
「死ぬしかない」
「セップクネー!」
「捕まえてこい」
「のろまー!」


仲間たちの酷い云いように、逃がしてしまった彼はただただ慌てふためいている。


「俺が行こう」

それを見かねた長身の東洋人が立ち上がった。





「どうしたんですか?!そんなに慌てて!」
「追われてるのよ」
「誰にですか?」


「部下に!」


そして始めに戻るのである。





――さて、今日は何処に行ったのか。まずはこの近辺を捜すことにしよう。
この前は本屋の店主と語り合っていた。その前は、帽子屋で茶を飲んでいて、その前は路地裏で子供達と鬼ごっこをしていたし……上げ出すときりがない。
シマの連中と仲が良いのは良いことかもしれないが、仲が良すぎるのも困りものだ。
奴が行きそうな場所を一通り捜してはみたが、見当たらない。
彼女といつも遊んでいる子供達にまで聞いたが今日は一度も見ていないと言う。




ジャズが流れるバーの一角に、黒いグランドピアノが置いてある。クラウンはそれを白く細い指で遊ばせていた。
その姿からはマフィアの女であることなど誰も想像しないような可憐さがあった。

まだ開店前であるため、店内には二人しかいない。その姿に、若きボス、クロスフェア・メロウは目を奪われる。しかしすぐにはっとして、目をそらす。その繰り返しが何度も続いていた。

クラウンの属するレオーネは大組織ではないものの、この近辺では中々に恐れられていた。
クロスフェアはその隣に位置するメロウファミリーのボスではあるが、この世界ではまだルーキーであり、まだ一度もレオーネのボスに会ったことがなかった。

彼は仕事となれば勢いや気迫も他の者に負けない位持っている。先代を失い、若くして一組織のボスになった男だ。
しかしまだまだ経験不足のせいか会ったこともない隣のボスに、彼もまた少しだけ恐れを抱いていた。


「クロス」
「ははは、はい?」

考え込んでいる内に、ピアノで遊んでいたはずのクラウンが間近に立っていた。

「どうかしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ」

笑顔で答えるが、内心は全く平常心が保てていない。






あれから、どれくらい経っただろうか。サボり癖のある上司を探しに、至る所を回ったが、一向に見つからない。

膨れ上がる怒りに、本日何度目かわからないため息をついた。

もしかしたら、もう戻っているのではないか……などと甘い考えも浮かんだがあれだけの仕事量を見ておいて、そう安々と帰るような女ではないことを彼は知っている。


「あっれー? ケイ?」

街中の捜索を切り上げて、裏路地を歩いていると背後から甲高い声がした。彼はどうしようもないくらいに振り向きたくない衝動に侵される。

――この声は……。


「ちょっと、何無視してんのよう!そこの黒髪!ケイってばァー、止まりなさーい」
「ああ」

ケイこと、景心は大声で叫ばれ、しかたなく振り向く。そこには予想通りの人物がいた。

長い金髪を揺らし、丸い金色の瞳をした白いドレスの少女が立っている。
少女と云っても、それは見た目だけの話であって年齢はもう少女と呼べる歳ではない。
この裏路地には似合わない外見をしているが、漂わせている雰囲気は何処か異常であり、それはこの似非少女が堅気の人間ではないことを容易に想像させた。


「どしたの?またクラウンさんに逃げられたのー?」
「まぁな、お前こそ何をしているんだ?」
「私?私はねー、そんなに面白くもない仕事が終わって暇していたとこにクラウンさんを見かけて、追いかけたんだけど追いつかなくて、また暇になったからぶらぶらしてた感じなとこに、ケイが現れたみたいな」


甲高い声に合わさり、早口で云うものだから一瞬聞き流すところだったのだが、景心はクラウンの名を聞き逃さなかった。


「クラウンを何処で見た?」
「えへっ、それは云っちゃいけないよー、いくら私が強くたってクラウンさんには勝てないもの!」

無邪気に拒否されてしまったが、此処で引き下がるわけにもいかない。景心はどう聞き出すか考える。
あまり気は進まないが、この似非少女を言いくるめるには、一つしか思い浮かばない。

クラウンのことになると途端に頑固になるこの似非少女の攻略は一件難しいようではあるが、実はとても簡単であった。

「依頼したい案件がある」
「ぬん!それは殺していいってことかな?」
「ああ、とある組織の幹部で」
「強い?」
「射撃の名手だと聞いている」
「楽しいかなぁ?」
「暇つぶしにはなるだろうな」

短い問答の末、似非少女は口角を上げて、笑う。その笑顔と共に、景心はほっとする。


──この殺人狂にはこれしかないんだな……。


ロゼ。この似非少女は、苗字もないただのロゼ。

生まれも育ちも、ロゼというのが本名なのかさえも誰も知らないが、裏社会では知らぬ者はいない。
作品名:LEONE 作家名:幽蘭