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ツカノアラシ@万恒河沙
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しょうじょじごく

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恐怖の忍者地獄


その日、神田川一生氏はいつものように不幸だった。
神田川一生氏の不幸はいつものように三時のおやつを集りに友人の探偵事務所に顔を出した所から始まる。いつものように顔色の悪い女中さんに『少年探偵』である友人の書斎にいつものように顔を出した途端、閉めたばかりの扉に何かが突き刺さる音がしたのだった。厭な予感。恐る恐る背後を振り向けば、そこには奇妙な刃物が深々と突き刺さっていた。それだけではなく、目の前には怪しい人影が神田川を仕留めんと刃物を振り上げていたのが目に入る。哀れ情けない悲鳴を上げようとしても、恐怖の余り喉の奥に引っかかったように出て来ることはない。その場でゴーゴンに睨まれたように石化した神田川の頭の中を走馬灯のように今までの人生がめくるめく。これで一巻の終わりかと神田川が覚悟決めた時、刀を振り上げた人影がばたりと倒れた。倒れた曲者の向こうには、書斎の主がハリセンを手ににこりと笑っていたのだった。
「どういう事だ」
と、神田川が詰め寄るように『少年探偵』に言えば、『少年探偵』は何でもない事のように口元を半開きにした扇子で隠して困った事になりましてとわざとらしく言う。とは言え、作り物のように綺麗な顔を見ている限り『少年探偵』が何かに困っているようには見えなかった。それどころか本人曰く困った状況を心から楽しんでいるようにすら見えた。
「全く困ってないだろう、君が困る筈がない」
神田川が『少年探偵』が困っている様子に見えない事を指摘すると、『少年探偵』は心外と言わんばかりの顔をして、
「何を仰るのですか、警部。僕にだって困る時はあるんですよ」
と、胸を張って言う。はっきり言って説得力のない台詞だったのは言うまでもない。神田川もそう思ったらしく、胡散臭い目で『少年探偵』を見つめると『少年探偵』は目を猫のように細め軽く咳払いをする。そして、『少年探偵』は指折りしながら、自分が困る事を述べ始めた。
「巽の説教とか、巽の説教とか、巽の説教とか」
「結局、一つしか言ってないじゃないか」
神田川の呆れたような声。確かに、『少年探偵』は指折り数えて見せたが、どう考えても『少年探偵』の困り事は一つしかない。困ったものである。
「その一つが正直苦手で面倒なんですよ」
『少年探偵』が澄ました顔で言った途端に、ハリセンで『少年探偵』の後頭部を叩く小気味良い音が部屋に響く。『少年探偵』の背後に見えるは『少年探偵』の性悪執事。性悪執事は、これまた何故かハリセンを構えてにこやかな人の良さそうな笑顔を顔に浮かべてに立っていた。その上、性悪執事の足元にはいつの間に倒されたのか解らない黒装束の姿をした何者かが何体か。いったい、この事務所では何が起こっているもだろうと、状況の全体像の見えない神田川は考える。しかし、考えた所でまともな結論は出てきそうもなかった。それにしても、どうやら今の事務所の流行はハリセンらしい。何故、ハリセンが流行っているかだなんて、聞かないで欲しい。そんな事は謎で終わるのだから。
「そんなにお嫌ならば、説教されないような生活態度になられれば宜しいかと」
と、性悪執事はにこやかな笑みを崩さずに言う。笑みを浮かべているが目が笑ってないとかではなく、本当ににこやかだから酷く怖いと神田川は背筋に冷たいものが流れるのを感じながら思う。そして、どこからともなく床に苦無のような物が突き刺さる状況下で、性悪執事は『少年探偵』を床に正座させて小言を言い始めたのだった。時折、ふたりの手が動いて名状しがたい何かが弾かれて床に突き刺さるのを見て、長椅子の影に隠れながら神田川は何か優先順位が間違っているのではないかと思う。
すると、『少年探偵』が神田川の疑問が解ったように、
「僕にアレの小言が止められると思っていますか」
と、嘆息混じりの声で呟く。その『少年探偵』の台詞に神田川は顔を強ばらせてゆっくりと首を振ったのだった。それから、性悪執事の気が済むまて小言は続けられ、神田川は幾度も命の危険を感じたののだった。この状況で、何で涼しい顔で小言が言えるのだろうと神田川は首を傾げたのは言うまでもない。
「今朝、うちに曰く付きの巻物が送られてきまして、それを狙った忍者がうちに強襲を掛けてきましてね」
性悪執事の小言から解放された『少年探偵』が状況を神田川に説明したのは、それから暫くしてからの事だった。『少年探偵』が懐から出した巻物を覗きこんで神田川は何の巻物なんだと訊く。『少年探偵』は、あらぬ方向を眺めると聞きたいですかと言う。神田川は『少年探偵』の只ならぬ様子にごくりと息を呑む。息詰まる一瞬。次の瞬間、『少年探偵』はにこりと破顔するとくだらない物ですよと言ったのだった。神田川が、その場でこけたのもむべなるかな。
「しかし、このままだとうざいですね」
と、『少年探偵』。優雅な様子で、自分の机の上に足を組んで座る。何故か、『少年探偵』の周りは武器の類は何も突き刺さっておらず何事もないかのように見えた。
「今更、そんな事を言っているのか、君は」
と、神田川。雨霰のように降って来る手裏剣や苦無を辛うじて避けながら。どうやら、相手の資源は無尽蔵らしい。
「部屋の後始末の事を考えるだけで、頭が痛くなります」
と、性悪執事。いつの間に用意したのか、茶色い液体が入った紅茶茶碗を優雅な仕草で『少年探偵』と神田川に渡す。まるで、部屋の中が息詰まるような状況に等なっていないかのように。憂いの色を顔に浮かべているが、いかにもわざとらしくて嘘くさい。どうやら、彼は怪しげな忍者も今の状況も何も興味がないらしい。困ったものである。
「今後数日、お前の機嫌が悪い事を考えると、ぼくも頭が痛いよ」
少年探偵は性悪執事から紅茶茶碗を受け取りながら、目を細めて嘆息をした。どこか、絶対に間違っている。神田川も同じ感想を抱いたらしい、何か悪い物でも食べたかのような顔になった。
「それしか感想ないのか、君らは」
と、神田川が乾いた笑みを顔に浮かべて言うと、『少年探偵』はあらぬ方向を眺めながら紅茶茶碗に口をつける。何も答える気はないらしい。『少年探偵』は、仕方ありませんねと言うとどこかに手を伸ばした。伸ばした手の先にいたのは黒装束の何者か。『少年探偵』は黒装束の覆面を外すと、黒装束に顔を近づけ接吻をする。その途端、黒装束のいかめしい男は華奢な絶世の美女に変化した。ああ、なんたる事よ。『少年探偵』は神田川ににこりと笑うと、黒装束もとい美女を部屋の真ん中に放り出す。次の瞬間、美女に向かって曲者たちが一斉に飛び掛かったのだった。きっと恐らく、何か性的な衝動を起させるような術でも美女には掛かっていたのだろう。
「猫にまたたびならぬ、曲者に美女ですね」
と、口元を扇子で隠して、感心したように『少年探偵』が言う。
「ど、どうするつもりだ、あれを」
と、神田川が訊ねれば、『少年探偵』はそうですねと少し考えるように言うと、指をパチンと鳴らす。指が鳴り終わると、美女に飛び掛かった黒装束の集団もいかにも可憐な美女に変化したのだった。書斎に広がる驚きの声。自分たちの姿が変わった事に気づいた黒装束の集団は恐れ慄いて、その場に石化した。人間、自分の理解できない事が起こると、そんな物である。