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アインシュタイン・ハイツ 102号室

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Scene.2-2 アインシュタイン・ハイツの幽霊 2





 本当に一人で平気だったのだが信用してもらえず、叔父は結局外出するに当たって、隣人且つ管理人でもあるミドリさんだけならともかく、もう一人のお隣さんにも「甥っ子をくれぐれもよろしく」と頭を下げてから出かけていった。

「え?八坂さんの仕事?」

 コンビニでアルバイトしながら、介護の専門学校に通っていると言う。
「志摩さん」と仰るらしい。いかにも今時の兄ちゃん風な格好に少しそぐわない、実直そうな顔を驚いたみたいな表情にした隣人さんは、明るいコンビニのレジカウンターの向こう側できょとんと瞬きをした。
「んー、悪いけど俺はよくは知らないですねぇ。お隣さんってもねー、そんな突っ込んだ話するわけじゃないし」
「え、そうなんですか?あ、もしかして叔父さん、あんま近所づきあいとかしてないんじゃ」
「え?あ、いや、そうじゃないですよ?普通程度に話はするけどって意味ですって。会えば挨拶するし、たまに世間話もするし、親切だしいい人だなーって思うけど、なんて言うのかな、ほら、そこまでプライバシーに踏み込んだ話しないっていうか、聞きにくいって言うか」
 叔父が出かけてから、二日たった日の夕方のことだ。
 あの後、叔父は本当に急いだ様子で荷物をまとめてバタバタと出かけてしまったので、結局叔父の職業については謎のままだった。鍛治野さんとの話の中でも「会社」という単語が出ていたし、仕事で出かける、と言っていた以上、何らかの職には就いているはずなのだが、あんな風に言葉を濁さなければいけない職業とは一体なんだろう。
 気にするなと言われた方が気になって、コンビニに買い物に行ったついで、叔父の隣室に住んで二年ほどになるというアルバイト中の志摩さんにこっそり聞いてみたのだが、彼も叔父の職業については何も知らないらしい。
「えーと、でもカズキくんだっけ?君知らないの?」
「はぁ……なんて言うか、叔父さん俺の両親に遠慮してあんま家に来なかったし、そういうこと聞く機会って今までなかったもんで」
 俺が差し出した雑誌とスナック菓子をレジに通しながら、志摩さんは首を傾げた。
 俺みたいな年下のガキ相手にも、少し丁寧な言葉遣いで話すのが、彼の癖らしい。「初対面の人に対する癖みたいなもんですから」と彼は言っていたが、最近そんな柔らかな言葉遣いで人から話しかけられたことなどなく、なんだかくすぐったいような感覚を覚えながら俺が苦笑いの表情を作ると、志摩さんも心得たように頷く。
「親の職業ならともかく、親戚の職業なんてそんなもんですよねぇ……でも、そんなに気になるなら本人に直接聞いてみたらどうですかね?聞けば教えてくれそうだけどなぁ、八坂さんなら」
「いや、聞いたんですけどね。なんか『気にするな』で済まされちゃったんですよね」
「あー……なるほど。あれですかね、自分が何やってるかよっぽど知られたくないんですかね、八坂さん」
 俺が言うと、今度は志摩さんの方が苦笑いの表情になった。
「人に言えない仕事してるような人には見えないんだけどなぁ。そういうこと聞いちゃうと、俺も気になってきますよ、八坂さんの職業」
「気になりますよね。まさか警察のお世話になっちゃうようなヤバイ仕事はしてないと思うんですけど、人は見かけによらないって言うし」
「いやー、それはそうかもしれないですけど、八坂さんに限ってまさか、そんな。大体そんなヤバイ仕事してたら、転がり込んできた甥っ子をそんな簡単に家に居候させてないっていうか、ハイツみたいなところにも住んでないんじゃないかなぁ」
「そういう人は、もっと大金持ちが住むみたいなマンションか、一軒家でも買うと思いますよ」と、志摩さんは笑った。
 言われて見ればそうなのだ。ハイツは確かに悪い住まいではないけれど、悪人のアジトというには少々、なんていうか、長閑すぎるところがある。
 まぁ、俺だって実際は叔父さんが悪の組織の云々なんて、まさか思ってもいない訳なのだが。そういうファンタジーな展開になったらそれはそれで楽しかったのになぁ、と無責任なことを考えていると、志摩さんが品物を手提げのビニル袋にまとめて差し出してくれながら一つ、軽い息をついた。
「とりあえず八坂さんが帰ってきたら、改めてもう一回聞いてみたらどうですか?ちゃんと聞いたら、八坂さんだって答えてくれますって……はい、じゃあこれ、七四五円になりまーす」
「そうですね。そうします……あ、じゃあ千円でお願い出来ますか」
「はい、千円お預かりいたします……そういやカズキくん、この時間じゃメシまだですよね」
「うん、まだ食ってませんけど?」
 時間は丁度夕方の五時を少し回った所だった。
 差し出した千円札をレジに突っ込みながら志摩さんが聞いたので、俺が頷いたら、お釣りを差し出したその手で、志摩さんがちょいちょいと俺を招く。
 何だろう、と思って招かれるまま俺が身を乗り出すと、志摩さんは唇の前で人さし指をたてつつ、小さな声で俺にだけ聞こえるように囁いた。
「もうじき弁当とかのロスが出る時間なんですけど、何か食いたいのとかあります?もしあったら持って帰りますけど」
「マジですか。え、でもそんなの悪いですよ」
「いやいや、ほっとけばどうせ捨てられちまうもんだし、それにほら、八坂さんからもよろしく頼まれてますから。遠慮しないでいいっすよ」
 言葉に瞬きをした俺に頷いて、志摩さんが言った。
 勝手によろしくして行ったのは叔父の方で、そんな叔父の「よろしく」を無視して赤の他人の俺を放っておく事なんか簡単な筈なのに、彼はそうしなかった。見かける度に「何か困ったことはないですか」と声をかけてくれたり、今みたいに食事の心配をしてくれたりして、いつも俺の様子を気にかけてくれた。
 この人を見ていると、世の中良い人ばっかりだなぁと思ってしまいたくなる。無論、そんなことはないってことを、俺はちゃんと知ってしまっているのだけれど。
「じゃあお言葉に甘えて、唐揚げ弁当キープ頼んでいいですか」
「リョーカイ。じゃ、俺あと一時間でバイト上がるんで、終わったら届けに行きますね」
 俺が笑うと、志摩さんも悪戯っこの顔で笑って、「店長には内緒ですよ」と言った。
 勿論俺は頷いて、そのまま踵をかえして帰りかけたのだが、しかし次の瞬間ふとひらめいてしまい、ああ、もしかしたら志摩さんなら知ってるかもしれない。
 ちょっと迷った末に帰りかけた足を止め、俺は志摩さんを振り返った。
「あの、そういや志摩さん、叔父さんに彼女いるとか聞いたことあります?」
「八坂さんに?」
 この間鍛治野さんが言ってた「キヨちゃん」と言う人が、実際に叔父の恋人であるなら、もしかしたら部屋に呼んだりしたこともあるのかもしれない。
 隣人なら見たこともあるんじゃないか、と思って聞いてみたのだが、しかし志摩さんは如何にも予想外のことを聞かれた、というような顔をして、がりがりと後ろ頭をかいた。
「えーっと、どうなんだろう。俺、あそこに越して来てからもう結構経ちますけど、八坂さんの部屋に女の人が出入りしてるのは見たことないんで、居ない……って決めつけるのもおかしい話だしなぁ。すいません、やっぱよくわかんないっスわ……あ、いらっしゃいませー!」