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正しいフォークボールの投げ方

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 ワダや他のメンバーたちも短い言葉を残して、守備位置に戻っていく。エースであるイナオを信頼し、自分たちを信頼してくれというチームワークの表れだった。

 イナオはカワサキが荒らしたままのマウンドをならしながら、状況をまとめる。

 無死満塁、打者は五番、一対一の同点。

 かつてヒロが招いた状況と似たような展開であるが、あの時と違って、一点も許されない。しかも相手は、大正義高校。そしてネクストバッターズサークルにいる打者のヨシムラ。もしかしたら次期四番は、ハラではなくヨシムラとも声が上がるほど才能を秘めている選手、とイナオの耳に届いていた。

 しかしイナオは、落ち着いていた。

 それは最も警戒するべき相手がまだベンチに居ることで余裕を感じることが出来ていたからだが、大正義高校のベンチをチラっと見て、動揺が走る。

 大正義高校のベンチ前で、ナガシマがストレッチ体操していたのだ。

「おい、ナガシマ。何やっている?」

 カワカミが険しい顔で訊ねる。

「監督、いつでも行けますよ」

「いつでも行けると言われてもな……。今回は若手の力量を見るための試合なんだ。オマエの出番は無いと思っておけと言っておいただろう」

「だけど、このチャンスをゲットしないと……」

「少しは後輩を信じてやれ。仮にも大正義高校のメンバーだぞ。この無死満塁で一点も取れない可能性は、ほぼゼロに近いんだから。ほら、ドッシリと座っとけ」

 説得されて渋々とベンチに座るナガシマだったが、

「相手がサイちゃんじゃなければね……」

 ワザと聴こえるように呟いた。

 カワカミもイナオの実力を知っている。だが、今後の大正義高校のためにイナオを打てる若手を見出さなければならなかった。

 そんなベンチの様子を伺っていたイナオは、内心ほっとしていた。ナガシマが代打で出てくると危惧したが、どうやらその気配は無いようだ。

 打席にヨシムラが入ると、優しさを醸し出しているイナオの細い目が、より細くなる。

 イナオの投球は圧巻だった。

 大きく曲がるスライダーにシュート、丁寧かつ正確にコースの角に決まる制球力。そして、相手の心を読んだように裏をかく配球。

 いくら才能がある二年生や一年生だろうが、イナオの方が格上と言わんばかりに三者三振に仕留め、無死満塁の難局を無失点に切り取ったのであった。

「流石ですね。間違いなくサイちゃんは別格だ」

 イナオの好投にナガシマは笑顔で称えた。

 敵味方関係無く素晴らしいプレーした相手を褒めるのがナガシマの良い部分であったが、対照的にカワカミは歯がゆい表情を浮かべていた。

 イナオだとしても一点は奪えると信じていたからこそ、忸怩たる思いが募った。

(確かにナガシマの気持ちも解らなくはないが、やっぱり手堅く犠牲バントをするべきだったか……)

 残塁となった選手たちが意気消沈でベンチに戻ってくる。イナオの見事な投球……しかも無死満塁で一点も取ることが出来なかったこともあり、チームの雰囲気が重くなっていた。

 ハラが自分のグラブを左手に装着しようとすると、「痛っ!」と声を漏らしたのである。

 異変を感じたカワカミたちがハラの周りに集まる。

 ハラの左腕がどす黒く腫れていた。

「こりゃ……。もしかしたら骨にヒビが入っているかも知れないぞ」

 カワカミがハラの左腕を軽く触ると、

「だ、大丈夫……痛っ!」

 一塁上で見せた歪んだ表情となり、強がりも痛みで霧散してしまった。

「こりゃ、無理だな。仕方ない。おい誰か、ハラを保健室に連れていけ。患部が思わしくなかったら、至急に病院に連れていけ」

「か、カワカミさん、待ってください。大丈夫ですよ、試合に出させてください」

「馬鹿。ここで無理して怪我を悪化させてはどうしようも無いだろう。大丈夫だ。オマエならレギュラーを取れるよ。だから、しっかり手当して貰え」

 カワカミが諭すように語りかけに、ハラは従い、悔し涙を流しながらすごすごと保健室へと案内されていった。

 中心打者である四番が怪我で離脱。しかも無死満塁で一点も取ることが出来なかったことで、まだ同点にも関わらずベンチの雰囲気が重くなっていった。こういう雰囲気は自然とチームの士気に悪い影響を与えてしまうものである。

 カワカミは右手を顎に当て、考えを巡らす。

(ナカハタを三塁に移して、一塁にコマダを入れれば良いが……)

 大正義高校野球部の信念は盟主であること。今回、若手(下級生)中心の編成ではあるが、もちろん勝つつもりだ。

 イナオが体力を温存した状態で登板したことを考慮しつつ、カワカミは仕方なく決断し、ハラに代える選手の名前を呼んだ。

「おい、ナガシマ」

 言われる否や、ナガシマは真剣な眼差しをカワカミに向けて、

「準備は出来てますよ!」

 既にグラブを左手に装着しており、右拳でグラブをパンパンっと叩いた。