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正しいフォークボールの投げ方

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 カワサキは一驚する中で、三塁走者のシノヅカは本塁に帰り、許してはいけない先制点を与えてしまった。

 ところが打ったハラは、一塁上で納得していない顔をしていた。結果は安打になったがお粗末な当たりに、大正義高校の四番打者として納得してはいけなかった。

 マウンドを一蹴りするカワサキ。気持ちを入れ替えて次の打者に向かったが、警戒し過ぎたか四球を出してしまう。

 二死一、二塁。しかし、六番ナカハタを三飛(サードフライ)に打ち取り、傷口を広げることは無く最少失点で一回を終わらせた。

 威勢の良い発言した手前、無失点で抑えられなかったことに、カワサキは自分自身に立腹しながら申し訳なさそうにして、ベンチに戻ってくる。すると、同学年のノムラがカワサキの肩を軽く叩いた。

「落ち着け、すぐに取り返してやるよ」

「ノムケン……」

 大府内高校には二人の『ケンジロウ』がいる。
 カワサキ憲次郎とノムラ謙二郎。ノムラには、ワダが付けたアダ名ノムケンが浸透している。カワサキと同名で同学年なこともあり、二人の仲は良かった。

 一番打者(トップバッター)であるノムラは自分のヘルメットを被り、バットを手にする。三度バットを振ってから、左打席に入っていく。

『一番、ショート、ノムラくん』

 アナンスコールが響き、今度は大府内高校の攻撃が始まる。

 ノムラは相手投手クワタの内角に投げ込まれた直球を強く振り抜いた。
 グランドに居る全ての人たちが打球の行方を追いかけていくと、球は右翼(ライト)のフェンスを超えていった。

 ノムラは先頭打者本塁打を打ち放ったのだ。

 有言実行――直ぐ様、一対一の振り出しに戻したのである。

「ノムケン!」

 カワサキの呼び声に、ノムケンは人差し指を立てて、カワサキに向けたのであった。

「う〜ん……いわゆる、ひとつの出会い頭(ファースト・インパクト)。はい、エキサイティングですね」

 ナガシマは本塁打で盛り上がる状況とノムラの打棒を素直に称えていたが、かたやカワカミは無言のままだった。

 その後クワタは、ノムケンの一発でより慎重かつ丁寧な投球を披露する。大きく曲がるカーブと低目へと的確に決まる直球で、後続は封じたのだった。

 試合は、カワサキとクワタの投手戦が繰り広げられ、両投手その後は無失点で抑えていった。

 しかし、五回表――試合が大きく動く。

 カワサキは、二番カワイを四球で出塁させてしまうと、三番タカハシに右翼前安打(ライト前ヒット)を許してしまい、無死一塁、二塁。

 この難局に、打席に立つ打者はハラ。

 ワダは、すかさずタイムを取り、カワサキの元へ駆け寄った。

 これまで一点もやらないという気迫を込めて投げてきたカワサキは、初回から全力投球できた為に。

「球威が落ちてきているな。どうだ、まだ行けそうか?」

「当然ですよ! 自分が撒いた種は自分で刈り取らないと……」

「そうだな……」

 ワダはチラっとブルペンの方を見ると、イナオが投球練習を始めていた。先発をカワサキに譲ったが、ピンチになったらイナオがいつでも中継ぎで登板すると監督に伝えていたからである。

 そう、前にヒロを登板させる時と同じだった。それがイナオの責任の取り方なのだ。尻拭いは先輩の役目であると。

(流石に、まだこんな場面でヒョロを投げさせられないか……)

 内心呟き、今度はベンチにいる監督の方に視線を向ける。監督のミハラは動かない。交代させない理由としては、まだ一点しか取られていないし、イナオの準備が整っていないからだ。ここはカワサキたちに託され、ワダはかぶとの緒を締めるように気を引き締めた。

「理想はハラでゲッツーを取りたいが、ここはなんとしてでもハラだけでもアウトにしよう。もし、ここで打たれたりしたら相手を調子付かせることになるからな」

「解ってます!」

「よし、頼んだぞ!」

 ワダは球をカワサキに渡すと、守備位置に戻っていく。

(さてと……)

 腰を落として、配球を考える。

 相手は大正義高校の四番打者。犠打(送りバント)などのサインは出ることは無いと信じこむ。ここは次世代の四番とエースの真っ向勝負。

 ならばと、ワダはシュートを要求した。

 初回にハラに打たれた球種ではあるが、当たり損ないである。ハラは雪辱を果たそうと狙ってくるのではと予測した。勿論、カワサキも同じことを考えているだろう。

 シュートはカワサキにとって得意球で、最も信頼できる球。それに詰まらせて転がせば、二重殺(ゲッツー)を取れる可能性が出てくる。

 カワサキはセットポジションから気合を込めて投じたが、ハラが打ちに出る。

 だが、シュートが思った以上に大きく曲がってしまい、

「ッ!?」

 ハラの左手首に当たってしまった。

 蹲るハラ。主審が死球を宣告されて、一塁の進塁が命じられた。ハラはゆっくりと立ち上がり、歩くような速度で一塁へと向かっていく。ハラの顔面は苦痛で歪んでいる。

 なんとか一塁に到着すると、コーチャーが様態を気遣う。

「だ、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です……」

 そう言うものの、我慢を表現した顔で言われても信じられる訳が無かった。交代させようとベンチに居るカワカミの方を見ようとしたが、ハラは睨みつけて止めさせる。

「大丈夫ですから。代走なんか出さないでください」

「ああ、解った……。我慢出来なかったら、いつでも言えよ」

 大正義高校のスタメンは簡単になれるものではない。ましてや、今日は名誉ある四番で出場している。何が有っても交代なんかしたくなったのだ。

 ハラが痛みに耐えながらマウンドの方を見ると、内野手たちがカワサキを取り囲んでおり、ミハラ監督もやって来ていた。監督がマウンドに上がるということは、投手交代の意味でもあった。

「まだ投げさせてください。ピンチを招いたのに、アウト一つも取らないで降りられません!」

 カワサキは必死に嘆願するが、

「大正義高校相手に、五回途中一失点なら上出来だ」

 ミハラはカワサキの前に手を差し出す。

 カワサキが持っている球を渡せと、示しているのだ。すなわち投手交代の命令でもあった。

「……解りました」

 監督の命令は絶対である。カワサキは素直に従い、ミハラに球を手渡してマウンドから駆け足で去っていく。

 ブルペンから出てきたイナオは、肩と首をガックリと落としているカワサキとすれ違いざまに、

「後は任せておけ」

 一声をかけると、カワサキは小さな声で「すみませんでした」と謝った。

『ピッチャー、カワサキくんに代わりまして、イナオくん』

 アナンスコールが轟くと、大府内高校を応援している観客から歓声が上がった。

 マウンドに辿り着いたイナオは、ミハラから球を譲り受ける。

「頼んだぞ」

 一言だけかけて、ミハラはさっさとベンチに帰っていった。それはイナオを信頼しているからこそ、余計なことを言わなかったのである。

「サイちゃん、いつもので」

「イナオ先輩、バックは任せてくださいよ」