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和尚さんの法話 「女人往生伝」

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女人往生伝という本が出てるんですが、これは江
戸時代の本だそうで、特に女性が極楽往生した時
の、この人もそうだったこの人もそうだったとい
うことを取り上げて、そしてこういう死に様をし
たということを書物にして残ってるんですね。
 昔の方はそういうことを今よりは遥かに信じる
人が多かったんですよね、その極楽へ往生とか、
地獄極楽を信じる人が多かった。

ですからあの人が極楽往生したということになっ
たら皆が騒いだんですね。
そして自分も極楽往生させて頂く。
その方はどういった日頃どういう行いをしていた
のですかということを家族に尋ねに行った。
そういうふうなことがこの本に書いてあるそうで
す。
 和尚さんの寺のお地蔵さんを信仰なさったのが
光孝天皇ですが、この女人往生伝の中のひとつの
お話しのなかに、光孝天皇のお孫さんなんですね、
女性。そのお孫さんが、極楽往生したということ
が残ってるんですね。

 それをご紹介しますと、「光孝天皇の孫娘は若
くして結婚し子を産んだ。その子は相次いで世を
去り、夫もほどなくして他界した。彼女は世の無
常を感じ尼となった。数年過ぎた頃、彼女は突然
腰の痛みの病にかかり不自由な身となった。医師
は疲労故、肉食をするようにと勧めた。ところが
彼女は身体を大事にすることなく、前よりも熱心
に念仏を称え続けた。そうしているうちに病も何
時しか治ってしまった。この尼は、性質が柔和で
慈悲の心があつく、蚊やハエが身体にとまっても
追い払おうともしないほどの人柄であった。彼女
は五十歳余りのときに急に軽い病にかかった。そ
のとき、空中にたえなる音楽が響き近隣の人たち
も驚いた。(近所の人たちにも聞こえたというの
ですね)尼は、もう阿弥陀仏がお迎えに参られま
した。私は今娑婆を去るところですと言った。そ
の言葉が終わって彼女は息絶えた。この尼は、性
質は柔和にして慈悲の心が深いという人間的条件
と念仏の功徳という宗教的条件を兼備していた故
に、臨終に弥陀の来迎を得て極楽往生を遂げたの
である。彼女には女性為るが故の往生の障りは何
の障害も伴っていない。」

こういうと、なんといいますか差別で現在に合わ
ないということになりますが、仏教ではどうして
も女性が下になってしまうんですね。
仏に成るには女性はいないというのですね。
菩薩は女性の菩薩がいますね。
妙見菩薩は女性だそうです。
神さんで女性なのは、吉祥天とか弁財天とか、天
と付くのは皆仏教の神さんなんです。
天というのは神という意味です。
そういう天と付く仏教の神さんで女性が多くいる
のですが、仏教に帰依し仏教を守護するという方
々が男性も女性も居ます。
ところが仏様に成るというときは女性では仏に成らないの
で一旦、男性に変わって成る。
霊魂というのは本質は男も女も無いんです。空ですから。
だからもうひとつ分かり易く言えば人間も動物も本来は一
緒なんです。
業というか因縁というかその差が男女の差であり、人間と
獣類、人間と魚類、虫類とかの差となっていますけど、根
本的な本質は皆空で、空というのは平等という意味なんで
す。
だから一切衆生誰でも仏に成れると、これが仏教の原則な
んです。
ところが今いう段階的なところでは、女性は男性よりも下
になってるわけです。これは仏様がおっしゃってるのです
から私が勝手に言ってるのではないです。
ですからお釈迦様が仏教教団を作りますね、始めは男性ば
っかりだったんですが、そのうちに女性の教団も出来てき
て、そのとき尼僧さんが古くから教団に入ってるしますね、
ところが何年かたって次から次から教団の人が増えていき
ますから、男性が教団へ入ってきますね、新入りですね。
男性と男性、女性と女性だったら新人は先輩に対して敬意
を表するのは当然でなんですけれども、古い尼さんが、新
しい男性に敬意を表しないといかんということが戒律の中
に出てくる。
これは今現在には通じないけどお釈迦様の教えに永遠に通
じる真理があるわけです。
時代というのはいろいろと変化しますが、仏様のお説きに
なる真理というものは、現在だけと違って永遠に通じてい
くものだと思います。
そういうことで、極楽へ往生する場合でも、今のこの光孝
天皇の孫娘のように、逝く時は女性であっても極楽へ往生
したら男性に成るんです。
極楽には女性はいません。
極楽へ行きますと、「変成男子」といって男子に変わると
いうことです。
この教団ですが、今度生まれたら女に成りたいとか、男に
成りたいとかいう人がいるわけです。
そういう方がそれを実践したときに、男性なんだけど女性
的な男性。
女性なんだけど非常に男性的な女性。
現在もそういう方がいますね。
前世が女性であったけど、ところが今度は男に生まれたい
と。
そういう気持ちを持って男に生まれてきたけれども、然し
ながら一遍変わっただけでは前世は男だったけれども男が
女に成ったり気持ちがですよ、肉体は願いどおり男に成っ
たり女に成ったりするけれども心がなかなか一遍変わった
だけでは変わらないんですね。
ですから姿は男なんですが心は女性ですから男性でありな
がら女性的。女性でありながら男性的。
そういう方が多くテレビにも出てきますね。
それはここから来てるんですね。
然しながら我々も過去からずうっと男性ばかりで来たの
か女性ばかりで来たのかというとそうじゃないはずなん
ですよ。
きっと男女変わってるはずなんですよ。
長く続いてきたら統一されてきますけどね。
変わった瞬間は、前は男性だって今度は女性に成ったり、
前は女性であったが今度は男性に成ったそのときは、統
一されていませんから男性的な女性であったり女性的な
男性であったりするわけです。
話は余談になりましたが、極楽へ往生する時は、皆男性
に成るんです。
それで阿弥陀様のご誓願の中に入ってますしね。
この話の尼さんは、そんなことは考えていない兎に角、
極楽往生させて頂きたいという願いを持っていたという
方ですね。
それで極楽往生するわけですけれども、こういうふうに
近隣の人たちも音楽が聞こえてきたと。
また別のところでは紫の雲が或る人の家の上へたなびい
たとかね。そういう現象があるんですね。
そういうことは昔の人は本気で信じてましたから、その
極楽とか地獄とかというものをね。
だからそういうことがあったら、あの家の人は極楽へ往
生なさるのだなということが分かるわけです知ってるか
ら。信じるわけですよね。
だから自分も極楽へ往生したいから、一体その人は日頃
どういう行いをしていたんですかと訊ねていって、聞い
たことを書く。
そういうことをこの本にはないですが別の本に載ってる
んんですね。
それほど昔の人はあの世のことを信じていたわけです。
だから昔の坊さんも説き易かったと思いますね。
ところが今は極楽の前にあの世はあるんだということか
ら説かないといけませんね。
霊魂は不滅ですと、それを認めてから、それから極楽が
ありますと。
だから非常に今は難しいんですよね。
それだけ今は末法になってきているわけです。

それからもう一つのお話しは、藤原氏の娘。