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愛道局

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 長谷川女史が階段を降り始めた。山本は自分も意識を集中すればオーラが見えるのだろうかと、女史の後ろ姿をじっと見ながら降りた。階段の最後で足を踏み外し、バランスを崩したが、誰かにぶつかっただけで転倒せずに済んだ。「あら大丈夫ですか」という女史の声を聞いたが、オーラは見えず、目の前に星が数個ゆらゆら飛んだだけだった。
 大きなタンクの中を歩いていると、別世界に来たように感じた。ざわめきながら歩いていた一行は思いの外歩くことになり、時間が経つごとに次第に言葉が少なくなってきている。山本と格言男だけが長谷川女史の後ろ姿を見とれつつ歩いた。
「もう少しで、出口ですよ」
 長谷川女史が保母さんのように声を出した。山本はその顔がさっきの色っぽい顔から全然別の表情に見えて、それは自分の感覚のせいなのか、女史の気持ちのせいなのか分からなかった。また妻の顔を思い出し、ああ妻も色々な表情を見せたなあとの思いに至った。
一緒に来ることができたら、と言う思いにとらわれそうになり、慌てて追い払った。
「次はいいことがありますからね。がんばりましょう。あのドアが出口です」
 長谷川女史も少し息のあがったような声を出した。山本はまたその声もいいなあと思った。女史にはかなり興味をもってしまったなあと思い、また妻の顔が浮かび、思わず「ごめん」と心の中で謝る。
 どこからか男性の職員が現れて、壁のスイッチを押してドアを開けた。


 中はホテルのロビー風のゆったりした空間があった。
「どうぞ座って下さい」と長谷川女史が言う。一行は置いてあるソファーに座って、ふーっと息を吐いた。山本は辺りを回した。観葉植物も置いてある。広い窓からは芝生の広い庭が見えた。東京の校外のせいか、ここ浄愛場はかなりの面積があるようだ。男の職員がトレーの上に何かを載せてこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ここの雰囲気もあってその職員はまるでボーイだなと山本は思った。そう思って見ていると歩き方もそれらしく見えてきた。
「さあ、着きましたよ」
 長谷川女史の言葉があり、ボーイ風の職員がトレーから各自に小さな携帯酸素ボンベのようなものを手渡した。皆が期待の目をしている。
「今日は当浄愛場見学会においで下さいましてありがとうございました。これで見学はお終いです。これは出来たての愛気ですが普段より少し濃いと思います」
 そう言って長谷川女史はボンベを鼻につけてボタンを押した。女史が目を伏せた顔と愛気を吸う姿に山本はまたズキッとした。色っぽいと思いながら、ずっと見続けるのも失礼かと気づき、自分もボンベを鼻につけボタンを押した。少しの間、あれ何も変わらないなあと思ったが、あ、ああという風に次第に心地良い気分になってきた。酒に酔った感じでもあるが、意識ははっきりしていて、何かを成し遂げた充実感のようでもあった。ああどこかでこんな気分を味わったなあと思うが思い出せなかった。「ふーっ」という声や「あああ」という声が周りから聞こえる。山本は女史の姿を見た。うっとりとした表情が山本の視線を感じたのか、少し片目が瞬いて、ウィンクのようで山本は照れながら視線を外した。

(今のは、俺に気があるということだろうか。それとも愛気のせいで幻覚を見たのだろうか)と思いながら山本は、窓の外を眺めた。曇り空だったが、陽が射してきて、芝生の緑が黄緑になってきた。その奥の樹々がに光の縁取りが見えた。(ああ、あれはオーラではないか)と山本は思った。幸せな気分が増してきて、自分の精神が少し神に近づいた気もした。そして視線を女史に移す。「ああ」と山本は出かかった声を呑む。見えたのだ。長谷川女史の体の周りにもオーラが。しかし、よく見ようとしたら雲に遮られるようにそれは消えてしまった。



 少しうきうきした気分のまま家に帰った山本は、玄関を入ってすぐ長谷川女史を頭から消した。そのつもりだったが、妻の顔がすねた顔に見えた。「ただいま」と小声で言って写真の前に置いてあるグラスを見た。心なしかウィスキーの量が減っている気がする。
「あれ、減ってないか」
 山本がからかうように言うと、 妻の顔がぎくっとしたような気がした。そしてそれを追いやるように妻は「おみやげは?」の顔になった。山本は(すっかり忘れてたよ。頭の中に彼女が居座っていたからなあ)と思いながら、持ち帰った愛気ボンベを置いた。妻は「何、これ、こんなのいらない」という顔をしたが、「気持ちだけ、受け取れ」と言って山本は妻の前から去った。



作品名:愛道局 作家名:伊達梁川