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愛道局

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 私は二十四才で、二十歳を過ぎたばかりの妻と私の実家に来ている。
 私は妻と一緒に庭に出た。私は雪玉を作って手加減して妻のほうへ投げた。そのうちの一つが雪玉を作ってこちらに顔を向けたばかりの妻の顔に当たった。妻はしゃがみこんで顔を抑えている。あれっ眼にでも入ったのかなと私は妻に近寄り、その背中に手を置いた瞬間、妻は立ち上がりざまに両手一杯の雪を私に浴びせ掛けてきた。私は予想もしない逆襲にもろにその雪を被り、うぐっと声にならない音を出す。妻はキャハハと笑いながら家の方へ逃げて行った。ちょうど西日が当たっている部屋の中で、、母と兄嫁が若い二人のこれからを心配するような眼差しで見ていた。
 
 私は朦朧とした頭の中で懐かしい足音を聞いていた。霞む眼で道路の向こうを見る。少し肩をゆすりながら歩くその姿がゆっくりと近づいてくる。アレッ、もう退院したんだ。私は嬉しさに妻の元へ駆け寄ろうとするが、体が思うように動かない。私は歯がゆさを感じながら妻が近づいてくるのを待っていた。妻はかなり若くて元気一杯に見えた。その表情は何も悩みも無く、自信に満ちて光り輝いていた。私はそんなこと長く入院していたのだから当たり前だと自分に言い聞かせた。もう目の前でこちらを見て微笑んでいる。雪が積もって寒いのに妻はジーンズにTシャツ姿だった。私は「そんな格好じゃ寒いだろう」と妻を抱きしめた。妻はするりと私の懐に入り込み、私と一体になった。妻の身体は雪のように冷たかった。「ほら、駄目だよ、こんなに冷たいじゃないか。また入院しなくてはいけなくなるよ。どれ、暖めてやるよ」と私は更に妻の全身を抱え込んだ。
 懐かしい幸せな気分で、私はこのまま眠ってしまおうと思った。妻は何も言わずに私の腕の中でじっとしている。依然として妻の体は冷たかったが、私は心配してなかった。ふと誰かが言った言葉が頭に浮かんだ。……もう心配しなくていいんだ。もうこれ以上悪くはならないんだ。もう病院に行かなくていいんだ…。


 私は身体の奥底からこみ上げてくるものを感じながら「よかった。よかった」と呟いていた。体の中に溜まっていた何か重いものが涙と一緒にどんどんと流れ去り、身体がどんどん軽くなって空に浮き上がって行くような気がした。

 何処かで聞き覚えのある声がする。かなり悲痛な声で何か叫んでいる。あの声は? あれは娘の声だ。娘はもう結婚して近くには居ないはずなのに。私は途切れ途切れに怒ったような娘の声を聞いていた。何を怒っているのだろう。娘は私の体を引っ張って妻から引き離そうとする。私は今、妻を暖めているのに、何故邪魔をようとするのだろう。ほっといてくれないか。そう呟きながら、これは夢なのだろうかと頭の何処かで思っていた。
 「お父さん……だから…………独り………ダメ……………よ」相変わらず娘はヒステリックに叫びながら私の体を引っ張っている。妻の身体がだんだん小さくなっていくような気がした。娘の声が泣き声に変わっている。私は自分の体がかなり冷え切っているのを感じ始めた。それと同時に身体に震えが来た。寒い。寒い。私は身体を胎児のように丸め雪の上に横になっていた。後で娘が泣きながら言っている。
「お母さんは、もういないんだよう」
 子供が作ったのだろうと思われる雪だるまが、半分壊れかけて立っている。私はゆっくりと雪に覆われた町を見渡した。

* *
 
 山本は妻を亡くしたばかりなので、身に染みた。胸の奥底からこみあげてくるものがある。どこかで鼻をかむ音がした。依然として部屋は暗いままだった。都会の雪の風景をバックにもの悲しい歌が流れている。妻が生きていた頃はこんなドラマでは泣けなかった筈と思ったら、また涙が溢れてきた。どこかで嗚咽が聞こえる。みんなおかしいよ、こんなもので泣けるなんて。そう思おうとするのだが、涙は快感をともなって湧いてきて、山本はしばらくその感覚に身を任せた。
 長いような短いようなセンターでの一日が終わった。ちょっとした解放感と疲れを覚えながら家に帰った。「ただいまー」と心で言う。山本は途中で買った団子を妻の前に置いた。
「おみやげ」
 妻がにこっとしてすぐ、お茶はないの? と言う顔をしたように思えた。山本は「水でがまんしな」と言って湯飲みに水をいれて置いた。「ありがとうは?」と言ってみる。「ありがとう」の言葉は返ってこなかった。





作品名:愛道局 作家名:伊達梁川