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アインシュタイン・ハイツ 103号室

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月見酒withアインシュタイン


「ちわー。」
ガサガサいうコンビニの白い袋をぶら下げて、伊織はハイツの管理人の飼い猫であるアインシュタインに声を掛けた。
「にゃあ」
綺麗な灰色の毛並みをした賢い猫は、妙に達観した顔でお行儀良く、伊織に挨拶を返してくれる。
「アイスは何してんの?お月見?」
ちわー、とは言ったものの、現在の時刻は深い藍色の空に細い月が張り付いた、夜である。
アインシュタインが座っていたのは、ハイツの玄関先。よく晴れた昼間などには、そこでゴロゴロ日向ぼっこしているのを見ることがあるが、少々冷たい風が吹く夜にこうしているのは、伊織にとっては珍しい光景だった。
「ねえねえアイスー?」
気に入って人の傍に居るわりにはツンと彼女の表情はクールでやるせない。
だからひょっとしたら、しょうがなくて人の傍に居るのかもね、と考えたりもする。
「アインシュタインさん?」
畏まって呼べばぴくり、と耳が動く。
伊織はガサゴソとコンビニ袋の中を漁りながら、どすん、と勢い良くアインシュタインの隣に腰を降ろした。
「ねえ、俺の話聴いてくんない?」
取り出したのは、アルコールの缶。ぷしゅん、と音を立ててプルトップを開けて、傍らに置く。
「あ、もちろん報酬は出すよ。」
伊織はもう一度コンビニ袋を漁る。数秒の後引っ張り出されたのは、煮干の袋だった。
袋を開けて流れ出る魚のにおいに、アインシュタインの首が少しだけ伊織の方を向いた。
「はい、アイス。ちゃんとペット用の買ったから。ミドリさんに見つかっても大丈夫。」
ミドリさんが怒ってるトコ、見たことないけどね。と伊織は小さく笑う。
「アイスはいいよねえ。美人だし、頭良いし。あと、ミドリさんもすっげ良い人だしさ。本当羨ましいよね。」
艶やかな毛並みに指を滑らせながら、もう片方の手で缶を持ち上げる。
冷えた気温の中で、液体は一層冷たく喉を落ちた。
「俺、本当にココのこと気に入ってるんだ。住んでる人も面白いし。アイスも居るし。」
昔。伊織は人間関係を築くのが苦手だった。
だった、というのは語弊があるかもしれない。
正確には、今も、苦手だ。けれどそれを、伊織は何とかねじ伏せて日常を生きている。

田舎は嫌だった。人間と人間の距離が近すぎるから。
都会は嫌だった。人間の数が、多すぎるから。
逃げるようにここ、都会でも田舎でもない所に逃げ込んで、そしてこの場所を見つけた。

「アイスには白状しちゃう。俺がここに住む事に決めたのはね、アイスが居たからなんだ。」
逃げ込んだは良いが落ち着く場所もなく、ふらふらと町を歩いていた伊織の目の前に現れたのが、アインシュタインだった。
艶々と毛皮を日光に光らせて、彼女は丁度今こうしているように、ハイツの前に座っていた。
ツンと整った、世界の何でも解かっているような達観した顔で、彼女は伊織の事をじっと見ていた。
「もう、びっくりしちゃったね。俺が一生懸命に捨てなきゃとか隠そうとか、ぐちゃぐちゃ考えてた事、全部アイスにはバレてるって思ったね。」
伊織は言いながら、缶を呷った。
その隣で、アインシュタインはお行儀良く煮干を味わっている。
「ね、アイス、聴いてる?一応、俺とアイスとの出会いの場面なんだけど。」
「なう」
「あ、聴いてる。ごめんね。でさ。」
聴いてるわよ、とお叱りの言葉を頂いて、伊織は話を再開する。
「俺、全部分かられてるのが、なんかほっとしたんだよね。」
空の向こう側まで見透かすような、綺麗で不思議な力を持った瞳に見つめられて、何だか伊織は少しだけ、気が楽になった。
上手く言葉に出せなくても。
上手く態度に表せなくても。
全部全部、分かってくれるヒトがいる。分かっているヒトがいる。地球のどこかには。
例えば、このネコとか。