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晩夏の火花

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 晩夏の火花



 思えば花火にはあまり縁のない人生を送ってきた。
 子供の頃に家族で遊んだことはあっただろうが、今ではその時の両親の笑顔さえ思い出せない。学生時代を振り返っても色鮮やかな光と熱を帯びた記憶など見当たらない。打ち上げ花火さえも遠くから一瞥したことがあるくらいで、間近で見物するために人混みの中に行こうなどとは考えたこともなかった。

 花火の思い出として語れるのはひとつくらい。PCショップの店員として働いていた頃の出来事だ。
 二度目の大学受験に失敗した当時の俺は進学を諦めてフリーターになっていた。職場には同年代が多かったから仕事終わりに居酒屋やカラオケに行ったりして、軽く苛められていた高校時代よりも楽しかった気がする。タテさんはその職場の同僚だった。本名は館山だったか立岡だったか。同僚と言っても年齢は三十代後半で、担当フロアも別だったから特に親しかったわけではない。背はかなり低く、不健康そうな痩せかたをしていて、髪は接客業として問題あるくらいのボサボサ、狐のような顔つきでいつもニヤニヤしていた。そして、何年もその店で働いているくせにパソコンの知識はいつまでも初心者なみ。どうやら店長の知り合いということで続けられていたようだ。
 ある夏の日に珍しくタテさんと一緒に飲んだ。店長の送別会だった。店長は初めて見た赤ら顔で「この会社はもうダメだよ」と言って笑った。その予言通り2年後に会社はあっさりと倒産して店は潰れる。この日は三次会まで飲んで終電がなくなった同僚数名が近くに住んでいる俺のアパートに泊まることになり、そのメンバーの中にタテさんも紛れていた。明日の朝飯を買いに寄ったコンビニでタテさんはサワーと花火を買っていたが誰も遊ぶ気力は残っておらず、アパートに帰ると俺達は会話もそこそこに部屋の明かりを消して眠りに就いた。
 事件はその時に起こった。パチパチという音と鼻をつく火薬のにおい。驚いて目を開けると暗い部屋の中で噴水のような火花が飛び散っていた。隣に寝ていた同僚が慌てて起き上がって狭い部屋に充満した煙を逃がすために窓を全開にし、別の同僚が明かりを点け、俺が思わず「何やってるんだアンタ!」と怒鳴ると、タテさんは一瞬細い目を限界まで見開いた後にニタリと笑って飲みかけのサワー缶の飲み口に花火の先を突っ込んだ。

 話はそれだけだ。酔っ払いのしたことだからそれ以上何を言うこともなく、そのまま俺達は眠り、朝を迎え、タテさんは数週間後に辞め、俺も半年後に辞めた。
 俺は正社員になりたかった。タテさんのように年下に馬鹿にされながら働く惨めな中年バイトにはなりたくなかった。だから俺なりに必死に就職活動をした。採用してくれるなら離職率8割の会社でも入社して退職した。
 

作品名:晩夏の火花 作家名:大橋零人