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ぶち猫錬金術師

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第一章   第一話  異世界からの召喚



 ときは中世、世の中が剣ではなく銃器類を発明した学者が出始め、大航海のお供にはぜひ一丁、といったフレーズの飛び交う時代。
 イタリアの、大都会の喧騒をものともしない古びた町の一角で、ひとりの錬金術師が小さなアパートに住んでいた。
 名を、アルベルト=マグナスという。
 アルベルトはアパート暮らしをしてはいたが、それなりに裕福だったので生活に不自由さはなかった。
 財布は人並みよりも、少し多い金貨で膨れた、画家で言うとラファエル・サンティのような、あるいはメディチ家唯一軟派な青年ジュリアーノ・デ・メディチのような、愛嬌があり、ほどほどに男前の錬金術師を嫌うものはほとんどといっていなかった。
 アルベルトの師匠アグリッパという男は、インチキと名高かった、というのも、ケルン生まれのネッテスハイム家の貴族であったにもかかわらず、無謀な性格が災いし、ローマやドミニコ修道会を敵に回し、孤独にこの世を去ったのである。
 師匠のことを回想しながら、アルベルトは友人のトマス=ヴィスコンティとよく語っていたものだ。
「あのとき先生が農家の主婦を魔女裁判から救ったりしなければ、フランスで死んだりしなかったのに」
 北欧生まれのためかパステル調の淡い金髪で、利発そうな面差し、それでいて人付き合いは苦手。口数の少ない二枚目男、アルベルトとは正反対の性格をもつトマスはこう反論するのが常だった。
「お前も先生も人がいいからそう思うんだよ。あの老人の生き方がお粗末なだけさ」
「そうだろうか」
「そうに決まってる」
 二人の会話は、いつもこうだった。


「ねえ、アルベルト。今度の日曜日、ミサが終わったあとに家でパーティやるんだけど、来てほしいの」
 幼馴染で亜麻色の長い髪を揺らす娘ルチアは、酒場で働くアイドル。
 そのアイドルを射止めたアルベルトのことは、町の男衆なら誰もがうらやんだ。
 歌も上手くて華奢な容姿は妖精のごとく美しい。
 すべてにおいて恵まれた彼女のことを、憎むものはいないだろう。
 要するに全体的にみて、のんびりした町なのだ。
 それはさておき、アルベルトはルチアの問いに応じねばならず。
「日曜日にパーティって、なんのだっけ」
「まさか、忘れたの。ひどい人ね。思い出してよ、さ、早く」
 アルベルトは懸命に思い出そうとするが、記憶の欠片は情報を上手く引き出せないようだった。
「わかんないよ」 
「私とあなたの婚約パーティじゃない。どうしてこんな大切なこと、かんたんに忘れるのよ」
「面目ない」
 実はアルベルトには抱えている大仕事があったので、たしかにルチアとの婚約も大切だが、それ以上に、家庭を持つ長としての責任もある。手放すわけにいかなかったのだ。
「ごめん、埋め合わせは必ずする」
「それじゃあ、日曜はダメなのね」
「悪い。このとおり」
 半ば乱暴な足取りで、これまた乱暴に扉を閉めるルチア。
「美人だけど、怒りっぽいのがなぁ」
 と困ったような表情をしながら、アルベルトは頭をかいた。
 だがじきに再び振り返る。人の気配がしたのだ。
「だれ」
 アルベルトが呼びかけると、その『影』は返事をした。
「これはこれは。よくわたしに気がつきましたね、アルベルト=マグナス」
「わかるさ。僕はこう見えて、天才とうたわれたアグリッパの弟子なのでね」
 容姿はそこそこ美麗で黒い外套を羽織った、赤毛の長髪。印象強い男である。
「ほほう、アグリッパ先生のお弟子様、でしたか。さすが、ですな」
 どうも言い方がわざとらしい、と、アルベルトは勘が働いたのか、尋ねてみることにした。
「ところできみ、ここで何をしていたの。天才の弟子である僕の私生活でも知りたかったのかい」
「え、まあ。そんなところですね、あるお方のご命令で、あなたの行動を見張っておりました。メタトロンと申します」
 メタトロンだって。アルベルトは心の中で叫んでいた。
 怪しかった、右を左に考えても怪しい言動である、メタトロンといえば、ヘブライ教の大天使であるからだった。
「あるお方って、だれのこと」
 思い切って尋ねてみることにした。するとメタトロンは、即座にこう答えた。
「あるお方とは、偉大なる我らの最高神、テトラグラマトンです」
「やはりそうきたか」
 と心の中で言って、アルベルトは唇をゆがめていた。 
「あなたのお力を見込んで、わが神テトラグラマトンからお願いがあるそうなのです」
「僕にかい」
「そうです。あなた様にしかできない、大切なお願いなのです」
 しかし、メタトロンの言い様では何か裏を含んでいそうな物言いである。
 アルベルトはメタトロンとの会話中、始終、懐疑していた。
「わが主は、とある邪悪な存在を排除してほしいというのです」 
「とある邪悪な、とは、いったい」
「悪魔の生んだ娘です。彼女は『アキュアール』という剣を持ち、この世界、いえ、天界にさえ破滅をもたらします。ゆえに、どうかお力添えを」
 アルベルトにはあまりに唐突過ぎて、わけがわからなかった、だが、自称であれ神の使いを名乗っている、この怪しい人物をむげに追い返すことなどとても出来ない。ここで断っては何をされるかたまったものではないからだった。
 アルベルトは、しばらく考えさせてくれ、とだけ答え、メタトロンを帰すことにした。
 とはいえ、どうしたものだろうかと部屋を右往左往して悩むアルベルト。
 ちょうど友人のトマス=ヴィスコンティが訪ねてきたので部屋に招き入れ、今の話をざっとかいつまんで聞かせたが、予想のとおり鼻で笑われ、あしらわれてしまった。
「おまえ、どうかしてるぞ。悪魔だの天使だの、神だのって。師匠みたいに壊れちまったのか、もうじき結婚するんだろう。しっかりしたほうが」
「僕だってそうしたいよ。でも気が狂いそうなんだ、もしむげに断ったりして、呪いとかかけられたら、どうしてくれるんだ」
「呪いねぇ。あるわけないんだが」
 トマスは一風変わった若者。
 修道士でありながらそういったミステリアスな事象などはきっぱり否定する性格のため、
「忘れたほうがいい。どうせ幻でも見たんだろうよ」
 と、こういうことを話題にするとき、表情を変えずに言う癖があった。
「し、しかし」
 心配性のアルベルトはといえば、気が気ではなかった。
 期限は三日後、その日までに返事をせねば命の保証はない、何故かは知らぬが、そのような不吉な予感がアルベルトを襲うのだ。
 

 レンガ造りの大きな竈、フラスコなどの器具がテーブルや棚へ小奇麗に整頓された錬金術工房で一人、ローマ皇帝や諸貴族らの注文で陶器作りに励むアルベルトは背後に奇妙な気配を察知した。
「お見事なほど鋭いですな、アルベルト=マグナス殿は」
 例の『メタトロン』だった。
「して。お返事はいかがなものですかな。待ちわびましたぞ」
「ひとつ、訊いてもいいか」
 メタトロンは小首をかしげながらも、
「どうぞ」
 と答えた。
「この間言っていた悪魔の娘とは、人間なのか、それとも魔物か」
「聞くところによると、人間型のようで、切れば真っ赤な鮮血が流れるようです。それがどうかしましたか」
作品名:ぶち猫錬金術師 作家名:earl gray