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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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挨拶回りとかそういうお話


「――――――――」
「――――から言ってるじゃんか!」
「わかった。……じゃ、――――」

 意識の果てから人の声が響いてきて、次第に意識がはっきりとしてきた。
 心地よい布団の温もり中でうつらうつらしながらも、なんとか腕を伸ばして枕元の時計を引き寄せた。見ると、長針は『1』の方向に、短針はほぼ『4』を指していた。赤い秒針は、せかせかと急いでいるように見え、又は眠気に襲われた学生のようにコクコクと顎を落とすように、一秒一秒を一定間隔で刻んでいた。いやまぁ、一定間隔じゃなきゃおかしいんだけどさ。
 ――しかしよく見ると、数字と数字の間の小さな点を正確に示しているかと思えば、よく見ると、その小さな点と点の間に針が止まったりしている。
 それでも寸分たがわず長身、短針は正確に時を刻んでいた。秒針はあれだな、いい加減疲れてきて仕事が粗くなっているんだ。そう考えると、俺自身と秒針が重なって、ヒィヒィ言いながら働かされ、長身と短針に「おらおら、働けやぁ!」とケツを蹴られて躓いているような想像を夢心地な時にしてしまい、軽く息を詰まらせた。
「あ”ぁぁ……」
 荒い息を吐き出しながら起き上がった。昨日は荷物を部屋に入れることと、片付けることで精一杯でカーテンを取り付ける暇がなく、四角く切り取られた赤みの混じった陽の光が俺の背中を焼いた。
「くわっ」と欠伸と背伸びの合体技を繰り広げ、立ち上がった。自分では気づかなかったが、相当つかれていたようで、十時間以上も眠っていたことになる。否応なしに、歳を感じさせられる。
 洗面所で顔を洗い濡れた手で頭を撫で付けて寝癖を何とか直す。後ろ髪がぺちゃんこだった。水分を含ませると割りと容易く寝癖は取れたのだが、爆発頭だし、その行為はあまり意味がないように思えた。
「さて、朝飯朝飯ー、じゃなくて昼飯ー、でもなくて夕飯ー」と軽く歌いながら冷蔵庫を開ける。が、しかし、空っぽだった。昨日の夕方辺りに越してきて、昨晩の晩飯は買っておいた菓子パンで済ませたため、食材を一つも用意していなかった。
 それなら外に出かけるか。そう考えていた時、丸みを帯びた呼び鈴の音が聞こえてきた。隣の部屋かな、と一瞬考えたが、どうやら俺の部屋のが鳴っているらしい。
 もう一度呼び鈴が鳴り、「はいはい、今出ますともさ」タオルで顔を拭いて、白いTシャツにパンツ一丁の格好をどうにかするべく近くに落ちていた短パンを履いた。ギリギリ外に出られる格好になり(俺の基準で)、もう一度呼び鈴を押される前に扉を開けた。
「「こんにちはー!」」
 思わずぎょっとする。その元気の良さにも圧倒されるが、それよりも、そこに立つ二人の少年は恐ろしいほどに瓜二つだった。二人とも茶色のメッシュがまばらに入った短髪の黒髪で、人懐っこい笑顔を携えている。クローンとかドッペルゲンガーとかそういうのか?
 本人たちを前にそんな失礼なことを考えていると、
「初めまして、隣に越してきた常磐(ときわ)といいます!」
「これ、お蕎麦です!俺らの地元で美味しいって有名なやつなんで是非!」
 包みを差し出された。高級品というより、老舗のお土産を思わせる古風なデザインだった。
「お、おぉ…ありがとうございます。尾路山です」
 はきはきとした物言いと、打ち合わせでもしたんじゃないのか? と思わせる二人のコンビネーションに思わず気圧されて、敬語で返してしまった。
 そんな俺の動揺に気づいたのか、二人はアイコンタクトを取ると、ニカッと笑った。その二人の姿は鏡合わせのようだ。
「あ、見ての通り俺たち双子なんです。俺が虹、こっちが桜です。コウは空にある『にじ』の漢字で、オウは『さくら』って書きます」
 と、右手に革のブレスレットをつけた方が言った。なるほど、革のブレスレットをつけているほうが、『コウ』君で、左手に鎖のブレスレットをつけているほうが『オウ』君か。
 確かめるように、「えっと……虹さんに」とぼやくように言うと、「そんなかしこまって呼ばなくていいですよ、俺らの方がよっぽど年下なんですから」と桜君が言った。なかなかに礼儀正しくて、好感の持てる二人だ。
「そうかい?じゃあ…虹くんに桜くん、だね」
「「はい! 今日からよろしくお願いします!」」
 二人揃ってお辞儀する。やっぱりこれ打ち合わせしたんじゃねーの? と思わせるほどにピッタリと息が合っていた。思わずたじろいでしまう。そうしているうちに、とてとてーっと二人は小走りで去っていった。どうやらこの階の端の部屋に向かうようで、おそらく俺の部屋を訪れたのと同じ理由で向かったのだろう。
 俺は包みを持って部屋に上がり、考える。
「うーむ、」
 もっと淡白な隣人付き合いになると思っていたのだが、こうしてわざわざ蕎麦をくれる少年達もいるわけで。都心辺りだと考えられない礼儀の正しさだった。俺も大人なんだから、そこら辺の礼儀はしっかり守った方がいいのかもしれない。
 昨日一度、管理人室に行ってみたがミドリさんは留守のようで、鍵は開いていたものの部屋には誰もいなかったため、挨拶は今日に回すことにした。ちなみに、その部屋に我が物顔でロシアンブルーの猫、略して『ロンブー』は入っていったので、ロンブーはミドリさんの飼い猫なのかもしれない。
 まぁそういうわけで、管理人室のある一階に降りていかなければならないし、ついでに二階の住人達だけにでも挨拶しておこう。
 俺は蕎麦を一度、備え付けの小さなキッチンに置き、ブルージーンズに履き替えて部屋を出た。
 
       ◇

 ちょうど部屋から出たとき、常盤兄弟の部屋がある方の逆から、人の気配がして振り向いた。
「おっ」
 お隣さんらしき女性が202号室の戸口の前に出てきていて、何か探し物をしているようだった。ポケットを、なんとも野暮ったい動きでまさぐっている。
 彼女は、手入れをしていないようなぼさぼさの短髪で、こう言っちゃあなんだが、薄汚い白地のTシャツに、なんだか銃痕みたいな丸い穴の開いたボッロボロのデニムを履いている。最近の流行、なのか? うーん、よぉーくみればカッコイイような…………やっぱそんなことないような……。
 ………………まぁ、人それぞれだよね。
 そして、だ。彼女、とんでもなく酒臭い。「ぅぇっ」思わず呻いてしまったが、幸いなことに気づかれなかったようで、ほっとする。
 まぁ彼女がどんな格好をして、まるで俺のように野暮ったい雰囲気をかもし出していても隣人なわけで、かの有名な12月25日に誕生日した聖人さんも、「隣人には挨拶をしろ」と言っていたほどだ。……あれ、『愛せ』、だっけ? 何にせよ、挨拶するために出てきたわけだから、ちょうどいい。挨拶を済ませてしまおう。
 そう意気込んで話かけようとしたが、先手を打たれてしまった。
「あー、ご心配なく」
 彼女は無愛想に、まるでぼやくように言うと、「うっ!」ギロリと睨んできた。その眼差しの鋭さに本気でびびった俺は思わず股間を押さえたくなった。……ぶっちゃけ、チビリそうだった。
 俺、何かしたっけかぁ……?