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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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PM5:30


 『ピュア☆ピュア』に入店した午後三時ぐらいから、閉店の五時半までみっちり居座り、俺は客達の独特の熱気にやられてぐったりして、北島さんは出血多量でこちらもぐったり。
「いやーまさか、吐血するとは思わなかったよ」
「ですから、あれは鼻血が逆流しただけだと……うぅ……」
 疲労困憊だが、まぁ何にせよこの長時間調査対象も居座ったということはやはり興味本位でこの店を訪れたわけではなく、本気と書いてマジと読む意気込みで来たに違いない。調査対象が彼女に対して挙動不審だった理由は確定したも同然だ。店員に調査対象の特徴を訊いてみてもいいのだが、俺達は探偵じゃないので野暮なことはしない。といっても、今の時点で野暮ったい仕事の真っ最中ではあるけれど。
 その場で軽く、辺りを確認。伊田君の姿を探す。
 今いる路地裏から大通りへ抜けたところから“ソレ”が見え隠れしていた。おそらくこちらの様子を窺っているのだとわかる動きだった。
「ねぇ、北島さん。“アレ”どう思う?」
「“アレ”ですか?」俺の指差す方向に彼女が振り向いた時、ちょうど“ソレ”が顔を顔をだしたところだった。「あー“アレ”…………すごく、大きいです」
「だよね。はみ出ちゃってるよね」
「なるほど、“アレ”のせいで見つかったわけですか」
 二人で呆れた溜め息を吐いて路地から抜け出した。俺達が大通りに向かうのと同時に伊田君もどこか別の場所に身を潜めたようだ。バレバレだけど。
 駅前で北島さんとは別れて、俺の目的地を目指す。すぐそこのコンビニのようだ。訪れる建物はそれで終了。
 俺は尻目に伊田君の存在を確認しながら、コンビニを目指した。


「いらっしゃいませ……あ!」
「お? ……ああ!」
 自動ドアを抜けて奥へ進もうとしたところ、店員の不自然な呟きに気になって振り向くと店員と目が合った。レジ前のそこに立つ彼はハイツの住人だった。
「どうもこんにちは! いらっしゃいませ!」
「おうおう、こんちは! ……えーっと、」
「えっと……」
「……し、シマ君……であってる?」
「ええ、そうです志摩です! えと……」
「………………」
「お、おろ」
 ……後少し!
「オロヤマさん、ですよね?」
「イエス! 尾路山だよー」
「あ、どうもいらっしゃいませー! 尾路山さん。ハハハハハハ!」
「ハハハ、いらっしゃいました、志摩君。ハハハハハハ!」
 お互いしばらく笑い合う。危うく名前を間違えるという失敗を犯すところだった。名前を間違えた時の気まずさは計り知れないものがある。過去、一度だけやっちまったことがあるのだが、周りの白い目は俺を石化させるには十分な力があった。思い出すだけで体が震える。それを同じハイツの住人とは決してやりたくないものだ。
「この前の花見のときはどうも」
「こちらこそ。といっても俺は何もしてないですけどね」
「んなことないさ。君のおかげでロンブーにも一杯さわれたし」
「ロンブー? ああ、アイスのことですね。尾路山さん、猫好きなんですね」
「そりゃあもう! また君の膝上にあいつが乗ったら捕まえといてくれ。モフモフしに行くから」
「え、ああ……モフモフ?」
 首を傾げている様子の志摩君に手を振って店内奥に進む。
 メモ帳を広げてみると、ここで彼は何がしかの買い物をするらしいのだが、詳しくは書いていない。伊田君はその様子を見なかったってことだろう。
 とりあえず、雑誌コーナーにやってきた。目の前のガラス張りから表の大通りの様子を窺える。
「伊田君はーっと」
 雑誌を開きながら横目で、ちらりちらりと見てみるが確認できず、別に俺はこそこそする必要もないかとどうどうと眺めることにした。
 伊田君は道路を挟んで向こう側からこちらを観察していた。ガードレールに体重を預け携帯を弄るふりをしている。
 それにしても後三十分もここに居座らなければならないかと思うと、辟易する。対象はなぜかこのコンビニに三十分間もいたらしいのだ。雑誌を読むにしても十五分もかからないだろうし、まさか食品を見つめてその味を想像して楽しんでいたわけでもあるまい。
 迷惑になるから適当に商品を買って店前で時間を潰そうと考えた時だった。
「いらっしゃいませー」
 店員の挨拶が聞こえたと思って振り向いたら、「うわ」黒い塊がわんさかと侵入してきたところだった。おそらく高校生。制服の黒が店内を侵食していく。
 突然上がった人口密度に圧倒されてさっさと外へでようとするのだが、「おい、これ見ろよ!」「えっ、何新発売?」高校生の塊が邪魔でなかなかレジへ進めない。足止めを食っているうちに、次々とレジに高校省が群がってしまっていた。列の一つに入り込むが前方の丸坊主がホットスナックのケースを指さしてあれでもない、これでもないと決めかねていた。
 時間間に合うかなぁ、とそわそわしていると横から名前を呼ばれた。振り向くと、
「ゲロッチ、こっちっす」
 と伊田君が店内に入ってきていて、俺に向かって手を振っていた。
「あれ、何で入ってきたの? 仕事放棄?」
「違いますよ。昨日もこの時間に同じように中に入ったんす。出てくるのが遅かったら、見失ったかと思って」
「あーそっか。やたら長い時間居座ってるからな」
 伊田君はそのまま列の後方に回って俺を監視しにいった。あ、ゲロッチを訂正させるの忘れてた。定着しないだろうな、おい……。
 それから数分後やっとこさレジ前に辿り着いて、苺牛乳を置く。
 すると、
「へぇ、尾路山さんって可愛いもの飲むんですね」
 と店員がバーコードを読み込ませながら笑みを含ませて言ってきた。見ると、
「あれ、二つ隣の、ふ……」
「ふ?」
「ふー、じたさん……だよね?」
「そうです、藤田です!」ぺかーっと明るく笑って、「不二子ちゃんじゃないですよ」
「はは、ルパンだね」
 可笑しそう笑う彼女もハイツの住人だった。挨拶回りをしたときには留守にしていたのだが、数日後ロンブーを追い掛け回している時に偶然出くわして挨拶したきりだったが、中々フレンドリーに接してくれた。うんむ、田舎っていうのは暖かい人ばかりなのかな。
「そうかそうか、志摩君と一緒にここで働いてるんだね。あ、そうだちょっと訊きたいんだけど、この時間帯っていつもこんなに込んでるの?」
「ええ、そうなんですよ。なかなか大変なんです」
 ということはやはり対象も高校生の波に阻まれて、長居したってことだろうな。
 苺牛乳を詰めてもらった袋を受け取って店を後にする。後ろの高校生軍団の視線がそろそろ痛い。
「そんじゃまた寄らせてもらうよ。志摩君によろしく言っといて」
「わかりました! といっても同じハイツの住人ですからいつでも会えますけどね」
「それもそうだね」
 外に出ると太陽は大分傾いていて、茜色の空が頭上に広がっていた。