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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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プロローグ1


「あー、あれだな。田舎だな、こりゃ」
 駅から出てきて、目の前に広る光景に思わず呟きが漏れた。
 といっても、この土地が田舎だということは事前に知っていたし想像もしていたのだが、いざ目の前にすると、都会育ちの俺にとってはそこに広がる空間の広さに思わず呆けてしまうほどだった。
「あー、うん。いいんじゃない?」
 三十代後半になると言うのに、活字離れしていく若者のような適当な台詞を一人ぼやいて、動揺をかき消した。
「えーっと……じゃあ、とりあえず向かうかぁ」何となくぼりぼりと頭を掻いた。
 パソコンでプリントアウトしたここら一帯の地図を開いて、目的地へ向かって歩き始めることにする。
 目的地は『アインシュタイン・ハイツ』。
 いい加減、勤める会社に一時間半もかけて通勤するには体力の減退によって厳しくなり、引っ越すことにした。あー、歳取りたくねぇー。だれだよ時間なんて概念作ったのは。
 うんまぁ、それで、今から向かうところが俺の新しい住処である。
 ハイツというよりアパートらしいのだが、俺は一度も見たことがない。ただ、賃貸物件をパソコンで検索しているうちに引っ掛かった、アインシュタインという名に気を引かれたからという理由でぱぱっと決めてしまったのだ。人生はギャンブルだ。楽しまなくちゃ損じゃねえか! 
 ――と、数時間前まで考えていたが、改めることにした。「パチンコなんて糞くらえ」 
 はあ、と溜め息を一つ。軽い財布がスーツのポケットで揺れるのを感じながら、足を動かした。
 ふと、上空で鳥のさえずり聞こえてきた。その鳴き声に懐かしさを感じて空を仰ぎ見た。
 ちょうどすずめらしき小さな影が飛び立ったところだった。久しぶりにその姿を見たんじゃないだろうかと考えながら、次に目に入ってきた、建物に阻害されることなく視界一杯に広がる青空に思わず「おお」と唸ってしまった。
 雲はゆったりと流れ、時間の流れを感じさせない。空の青色は、空恐ろしくなるほどに濃い色をしていた。
「ふむ、なかなかいいじゃないか」
 田舎の閑散とした風景に少し怖気づいていたが、なんだか気分が良くなってきた。
 思い切り空気を吸い込み、その清涼さを体全体で楽しんだ後、思い切り吐き出した。脳内が活性化される気がする。
「なんだか、これからいいことがありそ」「ニャア」「うぉうっ!?」
 いつの間にか、足元に猫が一匹いた。人がせっかく柄にもないことを言おうとしていたのに、その不貞不貞しい一声に喉の突起を超えて、胃の中まで台詞を叩き戻される。げぷっ。
 見ると、灰色の毛並みの綺麗な猫だった。なんなんだこいつ。じっと俺を見つめて、動かない。
「おい」
「……」
 返事なし。愛想のないやつだな。撫で繰り回して、お腹に顔を埋めてやろうか。
 そう考えていると、俺の思考を読んだかのようなタイミングで、ひょこっと方向転換をして優雅に歩き去っていった。
「なんなんだ? 今度あったらもふもふしてやる」
 猫好きの性格が訳の分からない恨み言を俺の口から生み出した。はぁ、と本日三十一回目の溜め息を吐いた。
「さてと」
 俺は再び、足を動かす。目的地は『アインシュタイン・ハイツ』。俺にふさわしいアンニュイ雰囲気を携えて、新しい生活へと向かう。
 それでも。
 何かの予感に背を押されるような、そんな感じがして、
 俺の足はいつもより軽快に一歩を踏み出していた。
 まあ、その清々しい一歩を踏み出したのは、おっさんなんだけどね。