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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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AM7:30



 ぴ、ぴ、と最初はヒヨコみたいに可愛らしい音を鳴らす目覚まし時計だが、時が経てばゴキブリを見た瞬間の俺の心臓の鼓動を報せる心電図のようにけたたましい存在に変化する。
 ピピピピピピピピ。
「……うっ、……おっおっ」
 ガション、と枕元で猛っている時計の頭を叩く。叱られた子犬みたいに静かになったそれを退けて、俺は布団から起き上がった。
「あー、そうだ……」と起き抜けに思い出すことがあった。今日は会社に行かず、伊田君の尾行調査の観察をするのだ。
 伊田君が担当した調査業務の依頼で調査対象だった男と同じ行動を今日これから俺がなぞるように行い、伊田君は昨日と同じ要領で追跡する。伊田君が調査対象に見つかった場所で終了し、それまでに俺は伊田君の尾行の問題点を見つける。昨日話し合いの結果、そう決まった。
「ふがぁ……ねむ……」
 まぁそれにしても、活動するまでには時間はあるし、のんびりと目を覚まそう。部屋の換気のため窓を開け何となしに視線を下に向けると、ほとんど姿形が同じ少年二人が敷地ないから出て行くところだった。お隣の常盤兄弟だ。彼らは確か高校生のはず。若いなぁ。そういえば高校生でも大人並みにガタイがいいやつもいるが、やっぱりどこか若者特有の体型であるのはなんでだろうな。表現しにくいが、どこか無骨な体型とでも言うのか、それとも弛んでいない丸っこい体型と言うかなんというか。大人(オッサン)になると自然と身につく贅肉がないと言うか。
 グダグダそんなことを考えているうちも刻々と時間は流れているわけで、「ふひぃ」正直めんどくさいと思いながらも活動を始めることにする。
 顔を洗い、寝癖を直してスーツを着て――「あー今日は会社に出勤しなくていいんだった」と思い出し、スーツを脱いでTシャツとジーンズに着替えた。
 それから、今日の行動予定表を見て確認し、ハイツの外へと向かった。
 入り口のところにおそらく高校のと思われる制服を着た少年が立ち尽くしているのを見つけた。彼は「何だ?」と呟いて、視線はハイツを囲むコンクリの壁の向こう側を見ているようだ。もちろんここからは向こう側は見えない。
「何が、『何だ』なんだい?」
 後ろから声をかけると、特に慌てた様子もなく振り向いて「いえ、別に。おはようございます」と挨拶されたので、俺もおはようと返す。俺がやってくることを事前に察知していたかようだった。
 彼は確か、藤井祐一君だったはず。この前の花見で初めて顔を合わせた仲なのだが、礼儀正しく接しられてオッサンは嬉しい限りだ。オッサンだって心はガラスでできているやつだっているのだ。『何だこのオッサン、クセェ』などと言われた日にはきっと便器に頭から突っ込むだろう。
「こんなところで立ち尽くしてどうした。ロンブー……あー、アインでもいたのか?」それならばぜひ追っかけたいところだ。昨日はモフモフ(毛皮に顔を埋めること)していないから欲求不満だったりする。
 彼は首を振り、「いえ、今そこに人がい」と不自然な切り方をして、「――た気がしたんですけど、気のせいです」と続けた。
 えっ、なに? と訊く前に「学校があるので、それでは」と去っていった。祐一君の背中を見送り、俺はしばしその場で祐一君が見ていた方を見てみる。
 特に変わっところも人の気配もない。というか、壁の向こうなど見えるはずもないっちゅうんだ。しかしそれを見ていた様子である祐一君はエスパーか何かなのだろうか。
 んなわけあるか、と思いつつ俺はあることを思いついて無性に壁の向こうを覗きたくなった。そういえばと思い出したのは、伊田君は今日いつから俺を見張るのか、詳しい時間を聞いていないことだ。尾行するのなら対象が動き回る前から見張るのが定石だろう。きっと伊田君もそうするはずだ。だとすれば、今この瞬間も俺は伊田君に監視されているんじゃなかろうか。
 落ちていたブロックを台代わりにして、壁の向こうを覗き込む。ハイツの裏道が敷かれているだけで人の姿は欠片一つもない。欠片状の人がいればそれは死体ってことになるだろうけど。
 考えすぎかと引き返そうとして、ブロックから降りようとした時だった。
「ぶっ!!」
 思わず吹き出してしまうほどに、あっさりと伊田君の存在を発見してしまった。
 見える範囲には人はいないが隠れる場所は腐るほどあるな、と辺りに目を凝らした瞬間、真っ先に“ソレ”が目に入ってきた。なるほど。確かにあれでは見つかってしまう。 
「さて、どうしたもんか」
 とりあえず一つ問題点を見つけたわけだけれど、もしかしたら今回の失態はたまたまかもしれない。だから、今すぐに任務の終了を告げるのは早いだろう。それにおそらく、追跡されているという前提で風景を目を凝らして眺めないと、発見できないぐらいに伊田君は上手に隠れている。まぁ……“ソレ”のせいで台なしではあるけど。
 ということで、俺は見て見ぬ振りをして地面に足をつけた。「やれやれ」と頭を掻きつつ歩み始める。